この本が変だ!(2010第一回)
例によってブックマークが増えすぎたので、メモがわりに最近ちと気になった英語の小説を挙げておく。あらすじは出版社やAmazonのものとレビューを参考に書いているので、誤りが含まれている可能性あり。掲載順は無秩序。
- D. C. Pierson “The Boy Who Couldn't Sleep and Never Had To” (Jan. 2010)
The Boy Who Couldn't Sleep and Never Had To (Vintage Contemporaries)
- 作者: DC Pierson
- 出版社/メーカー: Vintage
- 発売日: 2010/01/26
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- Jesse Bullington “The Sad Tale of the Brothers Grossbart” (Nov. 2009)
The Sad Tale Of The Brothers Grossbart
- 作者: Jesse Bullington
- 出版社/メーカー: Orbit
- 発売日: 2009/11/05
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Cardboard Universe, The: A Guide to the World of Phoebus K. Dank (P.S.)
- 作者: Christopher Miller
- 出版社/メーカー: Harper Perennial
- 発売日: 2009/04/01
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Michal Ajvaz“The Other City”6章
The Other City (Eastern European Literature)
- 作者: Michal Ajvaz,Gerald Turner
- 出版社/メーカー: Dalkey Archive Pr
- 発売日: 2009/06/11
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さて4、5章では「路面電車」が登場する。「路面電車」は霧に包まれたチェコの街を走り回り、ときどき人をさらう。主人公である「私」は、なにげなく入った店である男の話を聞く。彼は再三むすめに「路面電車」に気をつけるようにうながしたが、その甲斐なく彼女を「路面電車」にさらわれてしまう。ここからが怖い。一種の「マヨイガ」ものと言えようか。
「もう二十年も前のことだ」と彼は静かにいった。
「おれたち夫婦がその後娘に会うことは二度となかった。数回、暗い部屋の鏡の奥にあの子の顔を見ることはあった。ときたまストーブのうなりに混じって声が聞こえた。最初のうちは、本のページの間や箪笥の底から手紙のきれはしを見つけることもあった。しかし、彼女のメッセージは徐々におれたちの理解の範疇から離れていった」
この後、娘の説明した彼女のいる異界について父親が語りきかせる。鏡の向こうの異界となれば、当然思い浮かぶのはボルヘス『幻獣辞典』の「鏡の動物誌」の項(中国神話)である。黄帝が鏡の中へ閉じこめたものたちが再びこちらに出てくる予兆として、鏡の中を魚が横切るのがちらりと見えるという話だったかと思う。著者はボルヘスに関係する書籍も出しているようなので、実際にあれを念頭に置いて書いている可能性もある。鏡の奥に映るものについては、次の6章でも描写が出てくる。短篇の連なりのような本書だが、各話で出てきた言葉やモチーフは次の章にも登場する。少し前の章に出てきた意外なものが再登場することもある。モチーフの反復によって、チェコと異界の存在感の重み・厚みが次第に増していく。輪唱のように幻想は増殖していく。この先、どうなってしまうのか。
5章の終わりで店を出た語り手は、バス停付近で伝言板を見つける。ガーデニングやハイキングのクラブ案内、ソファーのセールの宣伝などに混じって「私」の注意を引くものがあった。
「『寝室大戦争』についての最新発見をテーマに講義を行う。水曜2:30AM、芸術学部にて」
次章のありえざる「深夜の講義」のエピソードを読むために私はこの本を買ったと言っても過言ではない。好きなところを抜書きしていったら2ページ分にも及んでしまった。さすがに量が多いので、誰かにお叱りを受けたら下げるとしよう。すぐ下の引用は前奏のようなものなのでマトモに読まなくてよい。問題はこのあとだ。当然ネタバレである。
ウラジーミル・ソローキン『青脂』を目前にして
ロシア本国で昨年出たバージョンの『青脂』表紙。かわいい。
もうすぐ発売される『早稲田文学』3号はおよそ半分がソローキン『青脂』の翻訳であるらしい(それでも全体の三分の一だとか) おそるべきその内容はこちらで紹介されている。これは読みたい。当方は最近読んだばかりの新参ファンなのだけれど、『青脂』の到来にあわせ、ロシア語の勉強という名目でちょっと調べてみた。
さて、ソローキンの公式サイトhttp://www.srkn.ru/は2006年を最後に更新が途絶えている。サイトでは著作の批評や書評、インタビュー記事・音声も多数載っており、挿絵なんかも見られるし、少なからぬ作品を読むことができる。まるごと。トップから「テキスト」に飛ぶとリストがあり、『ロマン』も『青脂』も恐らく1冊まるまる、読めるようになっている。この太っ腹の理由は、ロシアの書籍が取り巻かれている状況にあるだろう。ロシアの書籍は、その多くがネットにアップされてしまう。もちろん違法ではあるのだろうが、共産主義の過去のためか、基本的にあらゆる本はネットで読めると考えていい。ちなみに中国も同様だ。よって自然と、古い本は積極的にオフィシャルサイトで内容を開放し、読んで気に入った読者が本を買うことを期待するという流れができる。中国・台湾の出版社でも、サイトで小説を連載してから本を刊行する仕組みはメジャーだ。インターネットを利用して読者層を獲得する、一つの作戦ではある。ところで公式トップのソローキンの写真、オッス兄貴と言いたくなる。メタルバンドに混ざっていてもおかしくないと思いませんか。
さて、公式サイトをほったらかしてソローキンはどこで何をやっているのか。
近年ロシアで立ち上がった、同名の雑誌を中心としたマルチメディアによるマルチカルチャー振興プロジェクト《Сноб.》*1。この雑誌に関係する文化人たちはウェブサイトに自分のアカウントを持ち、サイト内のブログを利用する。読者は時に、作家同士のコメントのやりとりを直接目にすることもできる。いわば、ネット上の会員制文化サロンだ。
現在ソローキンはここで08年12月からブログを更新している。《Сноб.》を読むには半年/一年ごとに購読手続きをとる必要がある。購読方法は、与えられるIDを入れてログインしてウェブサイト上で読む/家へ雑誌を送ってもらうという2つのシステムから選べる。参加者のブログやニュース記事などはおおむね無料で閲覧できる。
こちらは最新号のメインコンテンツ一覧。アートワークが美しく、大変好み(しかしクリックするとログイン画面へ飛んでしまう) ちゃんと確認していないが、初回ローディング時のみ、寒さで白く曇った窓をマウスポインタで拭き、コンテンツをのぞけるような粋な仕組みのようだ。この雑誌は毎号に小説が何本も載るわけではないが、この号にはソローキンのほか、ロベルト・ボラーニョの翻訳やボリス・アクーニンの作品も掲載されている。これも今号紹介のページ。
*1:読みはSNOB。創立理念と雑誌最新号の案内のみ、英語でも読める。http://www.snob.ru/basement/abouttheproject
太朗想史郎『トギオ』(2010, 宝島社)
【どんな本?】
第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞したピカレスクSF。
『快楽的・TOGIO・生存権』を受賞時には『東暁記』に改題されて発表され、発売時にはさらに『トギオ』に改題されたようだ。帯には「ブレードランナー」の独創的近未来、「AKIRA」の疾走感、「時計じかけのオレンジ」の暴力。というコピーがついている。このチョイスにはうなずけないこともない。本書は昔のディストピアSF*1を思わせる、陰鬱な未来の物語である。
タイトルにある『トギオ』は未来の東京でもありうる、上部のごく一握りが金とテクノロジーを掌握した*2退廃的で貧しい大都市だ。なおトギオが舞台になるのは第三部以降で、一貫してタイトルに採用された理由はちょっと謎。
語り手である主人公が死亡済みと明かされるショッキングな一行目でぐっと心をつかまれる。彼がどうやって語り手を務めているのかという疑問は、読み進めば徐々に見当がつくはずだ。私はたまたまジェフ・ライマンが短篇“You”(未訳)で同じことをやっているのを読んだばかりだった。この種の<一応伏せる>個人の生活と一体化したPC・インターネット</伏せた>の使い方は、構成のひと工夫や、もしくは切なさを喚起させる手法として今後ますます一般的になるのかもしれない。
近年の話題作である千早茜『魚神』や飴村行の粘膜シリーズと同じく、世界観は古い日本のようで現代とも未来ともつかない。ベテランの作を挙げれば、貴志祐介『新世界より』や打海文三『裸者と裸者』の三部作も古めかしい未来の日本の話だ。実際のところ、この中で一番わかりやすく「SFっぽい」と言えるのはこの『トギオ』かもしれない。*3
本作には現代〜昭和以前をしのばせる要素、人買い、農村の村八分、ヤクザ、グラフィティアート、ハッテン映画館などが登場する一方で、近未来的なアイディアも多数盛りこまれている。
たとえば藻の葉緑素からエネルギーを作り出す、一種のソーラーパネルの一般化。
持ち主から学び、自動的に検索結果などがカスタマイズされる超薄型携帯コンピュータ『オリガミ』。
そのオリガミで取引する電子マネーを基本とした経済。
薬と『オリガミ』の併用で入りこめる仮想空間。
都市の風を逃がし、そこで風力発電を行なうための場所「風道」。そこで暮らす、生存権のないホームレスたち。
古さと新しさが混交し、しっかりとした世界観を形作っている。いま列記してみて、実はこの本、結構ニール・スティーヴンスン『ダイアモンド・エイジ』と近い位置にあるのではないかと気づいた。ついでに言えば、バイオエネルギーや貧しい下層労働者が搾取される状況は、未来の中国を舞台にした女工哀史ものである、モーリーン・F・マクヒュー“Special Economy”(未訳)とも重なっていたりする。太郎氏は現代の文学寄り*4SF作家が拾うような、今日リアリティがあり、問題が提起されているテクノロジーを取り入れるセンスがあるのかもしれない。(ちょっと作者が好きな小説が気になった。ふだん何を読んでる人なんだろうか?)
【他の方の感想などを見て、短所について考えてみる】
幼い主人公のちょっとした善意によって一家はまるごと苦難に瀕し、本人も徹底的に踏みにじられて大変ねじけた人間になる。あるいは元々ロクデナシになる素質もあったのかもしれないが、とにかく主人公はすくすくと駄目な人間に育ってしまう(笑) 読者が彼の人生を追体験する道中は、攻撃的な内心の描写を読まされ、たやすく暴力や殺人に及ぶのを目撃させられるというキビしいものだ。ちなみにこの小説、一冊通じて善意や好意はことごとく報われない。花村萬月、平山夢明、吉村萬壱、あと田中哲弥あたりの名を見るとトラウマが呼び起こされる人にはまったくもって不向きな本だろう。エンターテイメントに後味の良さを求めるなら、手に取らないほうがいい。
また、たしかに掘り下げられずじまいのキャラクター・エピソードも少なくない。だが、この物語はそつなく綺麗に収束しても、それはそれで違和感をおぼえる気がする。むしろ主人公の造形からすれば、彼の人生がとりとめもなく、時に飛躍して語られるのは当然ではないだろうか。この小説に限っては、主人公のひねくれぶり、話の進み方のバランスが若干いびつなところ、そしてあっけない最期のいずれも瑕疵ではないと断言できる。
というわけで「感情移入しにくいキャラクター」「物語のバランス」については、今後の作品を読んでみないことには故意か否かも判断できないと思う。また違った雰囲気と書き方を見せてもらえることを期待したい。審査員の方々のコメント通り、このミス大賞から出てきたのが意外なほどの個性派だった。これがホラー大賞、ファンタジーノベル大賞、日本SF新人賞の出身なら素直に喜びはすれど、驚きはしなかったと思う。
- 作者: 太朗想史郎
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2010/01/08
- メディア: 単行本
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パジェット・パウエル“The Interrogative Mood: A Novel?”(2009)
パジェット・パウエルはアメリカ南部の作家。宮脇孝雄氏が手がけた『エディスト物語』のほか、短篇2篇の翻訳があるそうだ。『地獄のコウモリ軍団』 (新潮クレスト・ブックス) でお馴染みのバリー・ハナに言わせれば「全米でも5本の指に入る作家」だという。
さて、ちかごろ海外文学好きの間で、ついに邦訳が刊行されたことが話題になったジョルジュ・ペレック『煙滅』(2010, 水声社)はまさかの「い段全部抜き」小説である。一方、この“The Interrogative Mood”は、全篇にわたって疑問文オンリーなのだ。最初のほうをパラパラとめくったが、明確な筋があるわけではない。200ページ足らずとそもそも長篇にしては短い。というわけで、題もNovel?と疑問系である。
質問は多様だ。「爪のあいだに砂は入っていますか?」「腕立て伏せは何回できますか?」なんぞと他愛がないものもある。一応、各段落の中では流れができている。たとえば「じょうずに自転車に乗れますか? 子供のとき、自転車の乗り方を学ぶのは簡単でしたか? 子供に自転車の乗り方を教える楽しみを味わったことがありますか?」などと。
ふだん小説を読むとき我々は、文章を摂取して脳内で上映するのに徹する。いわばビデオプレーヤーになる。本によっては読む間に思索を巡らすこともなく、ひたすらストーリーを脳内で流し続けるだろう。ところがこの小説は、読者をビデオプレーヤーにさせておかない。質問を与えられれば、我々は反射的に答えを考えてしまう。つまり、パウエルは疑問文のみで本を構成することによって、読者をビデオプレーヤーから卓球プレーヤーに強制転職させることに成功したのだ。
読書はけっして受動的な行動ではない。想像力がなければ成り立たないのだから。その事実をあらためて突きつけたのが、この実験小説なのではないか?
The Interrogative Mood: A Novel?
- 作者: Padgett Powell
- 出版社/メーカー: Ecco
- 発売日: 2009/10/01
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ジム・ケリー “Death Wore White”(Minotaur Books, 2009)
この2月に第2巻“Death Watch”*1が出るので応援のため、昨年のレビューを少し改稿して再掲する。このブログに載せるのは初めて。
2006年度英国推理作家協会・図書館賞*2を射止めた期待の新鋭が描く、雪密室×人間ドラマ!?
イギリス南東部を舞台にした警察小説シリーズ、開幕篇。
作家紹介
2003年、著者はジャーナリストのフィリップ・ドライデンを主役にした処女作でジョン・クリーシー賞(最優秀処女長篇賞)を獲得。同作はシリーズ化して全5作となった。06年にCWAの図書館賞を受賞したケリーは、イギリスのミステリ界で今ホットな作家の一人と言えるだろう。名前がありふれすぎていて検索が難しいが、恐らく未邦訳(注:このレビューを書いた当時は未邦訳だったが、その後めでたく『水時計』(創元推理文庫)が出た。) 本作はその新シリーズの1巻めである。
内容:若きエリート警部補ピーター・ショウと、引退間近の巡査部長ジョージ・ヴァレンタイン。上の意向でコンビを組まされてまもない2人の間には、過去の事件に拠る繋がりがあり、それが必然的に彼らの関係をぎこちなくしていた。
ある吹雪の日。浜辺に不法投棄された産業廃棄物のドラム缶を見張りに行った2人は、そこで漂着した死体を発見する。応援を待つ間にショウは、浜の高台で車の列を発見する。側道の中でまったく動かない8台――さては事件か事故か。彼らは現場に急行し、1台ずつ声をかけて事情を聞く。浜辺と沼地の間を抜ける側道は、広い自動車道に並行していた。自動車道に「洪水につき迂回」を指示する警告標識が掲げられていたため、車は次々側道に進入した。ところが先頭車の前方は倒木で道がふさがれており、しかもあまりの吹雪に戻ることも不可能になっていた。
そして発見されたのは、眼窩に工具を刺され、死んでいる先頭車両の運転手! しかし周辺の雪面には、各車の様子を見て回った初老の男の足跡しか残っていない。彼が先頭車を覗きに行く様子は目撃されており、その短時間で犯行は不可能、返り血を浴びないわけもない。それでは、いつ、誰が、どうやって男を殺したのか?
こうして大規模な捜査が開始されるが、その間にも平穏なはずだったこの街で怪死事件が続く。更に、雪に閉ざされた運転者たちはほぼ全員ワケ有りで偽証する者ばかり。真実は一体どこにあるのか。
感想
ミステリ長篇を原書で読むなんぞ初めてだが、最後まで面白く読めてしまった。肝心の雪密室の解決に関しては残念ながら、HowにしてもWhoにしても死角を突かれるような驚きはもたらしてくれない。どちらかといえば、群像劇的な楽しみのほうが大きい話である。一介の家庭の問題から、裏社会、未成年犯罪まで、一連の事件を引き起こす要素は実に様々。動機は人間の弱さに由来するものが多く、「家族の繋がり」がこの巻全体を覆うキーワードとなっている。
主役2人の個性ははっきりしていてよい。鑑識たちは続刊でも主人公たちのよい助けになるだろうし、管轄初の女性警部になろうと燃える中国系婦人警官ジャッキーもこれから活躍しそうだ。そして、シリーズ通して宿敵となるであろう男はまさに悪のカリスマ。姿を見せた時間はわずかながら、強烈な存在感で印象を残し、読者の興味を続刊に引っ張る。決して証拠を残さない悪の天才、彼の計略にはたして綻びを見出せるのか? 主役コンビが彼を追い詰めるときが実に楽しみである。
コロシはどれも派手なので(下記)バカミスや不可能犯罪が好物の人にはご褒美かもしれない。繰り返すが、解決はどれも小粒でちょっと残念。
1. 子供用のビニール製いかだに引っかかった死体。腕には深い噛み傷が。しかし、それは死体そのものの歯型と一致していた。彼はなぜ腕を噛んだのか?
2. 雪密室状態のトラックの運転席で、眼窩に工具を突き立てられて死んでいた男。血の様子から見て、殺された現場は車内ではありえない。では、どうやって死体を運びこんだのか?
3. 砂浜に埋まった死体が貝採り漁師に発見される。周りには足跡がない。
瑕疵:人物や組織の紹介のために書かれたのではないかという小粒な事件にはさすがに冗漫さを感じた。また「口紅色の車」や「ディズニーめいた配色の、子供用のビニール製いかだ」など結局それは何色だ!?と突っこみたくなるような比喩表現がある。が、文章自体は読みやすいし、適度にサスペンス性があって読み進めるのに苦痛はない。
登場人物紹介
あらすじには書ききれないので、ここでシリーズレギュラーとなるであろう警察陣の主役2人を紹介する。ネタバレもあるので注意。
本をお供に行きたいカフェ
目覚まし時計をかけずに寝て起きたら午後2時だった。このままではあんまりな一日なので、気になっていた店をはしごすることに決める。夜行性なもので、夜更けにちょっと読書したり、書き物をするカフェバーを開拓しようとは前から考えていたのだ。
連休中はささやかに贅沢するつもりでいたので計画を決行。
- 高円寺・アール座読書館
公式:http://r-books.jugem.jp/
漫画喫茶ならぬ読書喫茶とでも言えばいいだろうか。静かに利用することを前提としていて、植物や水槽で各テーブルが遮蔽された作りになっている。私が入店したときも、大半が一人の客でゆっくり本を読んでいた。アンティークも多いと思われる、レトロな調度が雰囲気ある。ちょっときしむ椅子や床も、古い建物にいる気分がしてよいものだ。厨房で湯を沸かす音と、水槽のポンプの水音のほかは殆ど音がない。
フードはなく、お茶うけの焼き菓子が少々置いてあるだけ。そのかわり、茶はホットならば大概ポットに入ってくるので軽く3杯ほどいただける。大体600円前後だろうか。紅茶もコーヒーも、フレーバーがついたものが色々ある。チャイや中国茶などもあり、メニューにには親切にも「独特の味がします」「甘みが強いです」などの注釈が入っている。
今回は蓮の紅茶を頼んでみた。名のごとく蓮の花の香りがついた飲み物だが、強烈な香りはしない。注文してから気がついたが、私はジャスミン茶はあまり得意ではなかった。以前にインドカレー屋で口直しに食用花の種をいただいた時も、まさに花を食んでいるような香りに閉口したものである。しかし、このお茶は非常に飲みやすかった。
そしてこの店の特色は、壁面に本棚が並んでいること。もちろん自由に読んでいい。海外旅行のガイドブック、画集、絵本がある。様々な生き物の全身骨格写真集“Evolution”なんてのも。小説と漫画もある。このラインナップに、私が小学校から高校の間に親しんだ本が結構ふくまれていて嬉しくなった。椋鳩十、小川未明。初期の諸星大二郎やら『ぼのぼの』。ボルヘス『幻獣辞典』、A・ビアス『悪魔の辞典』、リンド・ウォード『狂人の太鼓』なんかもある。それから講談社ブルーバックスが『クォーク』をはじめとして数冊。
アンソロジー『SFコンピュータ10の犯罪』(1987,パーソナルメディア)を数篇読み*1、『稲垣足穂の世界 タルホスコープ』(2007,コロナブックス)を読む。それから高橋源一郎『惑星P-13の秘密 二台の壊れたロボットのための愛と哀しみに満ちた世界文学』(1990,角川書店)! なかなか読む機会がなかったので出会いが嬉しく、流し読みだがほぼ読みきってしまった。架空の発明、職業、国、遊園地(名所)などが次々紹介される、大変私ごのみの本。氏の小説は全著作の三分の一を切るくらいしか読んでいないが、今のところマイベストに推していいくらい。秒速30万ペースでドストエフスキーを読む装置(読書スタイルに革命を起こしたが、多数の人命が失われる原因にもなった)とか、生き物を通貨にする(価値が高いほど生態系において上)とかホラ話が尽きず湧き出てくる。これを読めただけでも行った甲斐があったというものだ。
内装→http://r-books.jugem.jp/?cid=4
余談:読書喫茶といえば移転前の『オメガスイーツ』が思い出されるが、『オメガ』がアングラ、ゴス文化、エロスにより強い「乙女の隠れ家」だとすれば、『アール座』は逆にエロスから遠く少年的なイメージ。コレクションの中に科学の本があることもあって、個人的にはこちらに軍配を上げたい。
あかね書房のハインライン『さまよう都市宇宙船』に目礼して店を出る。本やPCの持込みもOKとのこと。22時台まで営業している。我が家からはやや遠いが、またいつか行ってみたい。
- 笹塚・Blue-T
公式:http://www.blue-t.jp/
いっぽう、こちらは音楽喫茶。アジア風と欧風の折衷である。ビジネスホテル「ホテル ラ・ガール ドゥ ラ・ヴィー新宿」の入り口脇にある。入り口脇の空間は以前は何に使われていたものか、長らく空いていたものだが、ある日の深夜、久々に通りかかったらなんと煌々と明かりが灯っていた。廃墟のようだったのが一変していたという、そのシチュエーションだけでワクワクしてしまった。天沢退二郎『光車よ、まわれ!』(ピュアフル文庫)に「図書館の夜間閲覧室」というのが出てくるが、ああいう夜更けの「非日常」っぽさを感じたのだ。こうやって発見があるのだから、夜の散歩はやめられない。
というわけで、念願の初入店。ガラスで仕切られた一室にはグランドピアノがあり、片隅にある本棚には大量のピアノの楽譜、CD、『ピアノの森』『のだめカンタービレ』、中国に関する本などが並んでいる。ほぼ毎日、生演奏が聴ける(!)ということで、この晩も弾いている方の姿が見えた。
ドライフルーツ入りのお茶(525円)と、夜食に「おまかせ甜点心3種盛り」(525円)を頼む。もともと中国茶をメインにした店で、値の張るものも含めてメニューには迷うほど種類がある。またエスプレッソマシーンも置いてあるし、ジュースもある。茶はポットで来る上、飲みきると「薄くはなりますが」とお湯のおかわりまでいただける。お猪口大のグラスでそれをちびちびやりながら、本を読んで点心を待つ。
そして来たのが、ちゃんとした蒸し籠。開けると、単品でも頼めるサツマイモの蜜がけ、中国茶葉と蜂蜜の蒸しパン、それにドライフルーツを載せた蒸しパンが湯気を上げた。どれもやさしい甘さで美味なり。岩手産のものを中心に酒も出しているので、小さなカウンターには酒瓶と中国から来た干した植物色々の瓶が立ち並んでいる。それを眺めるのも面白い。
内装→http://www.blue-t.jp/tennnaigazou.html
広い道路の前ではあるが、ゆったりと静かな時間を過ごすことができた。おかげで引き続き読んでいた“The Other City”もはかどり、2章進んで、これを読むために買ったという部分まで行き着く。作者のノリノリ加減がすごい。(ということで、明日はこの話をしよう)
この店はつまみも主食もハーフサイズで頼むことができるので、ちょっと腹に何かを入れたいときにも重宝するかもしれない。近隣の人がおやつや夜食を摂るのにいいと思う。ランチもやっている。
乗り物で移動する間を除き、外で本を読む習慣はなかったが、たまの贅沢として本を読みつつ茶を飲むのも良いものだと思った。徒歩圏でもあることだし、ときどき通いたい。駅からはやや距離がある。笹塚駅前にはめったに見ないような本場の食材・食品を取り揃えた『台湾物産館』*2もあるので、続けて回ればちょっとした台湾旅行気分を味わうことができそうだ。