ジム・ケリー “Death Wore White”(Minotaur Books, 2009)

 この2月に第2巻“Death Watch*1が出るので応援のため、昨年のレビューを少し改稿して再掲する。このブログに載せるのは初めて。
 2006年度英国推理作家協会・図書館賞*2を射止めた期待の新鋭が描く、雪密室×人間ドラマ!?
 イギリス南東部を舞台にした警察小説シリーズ、開幕篇。

 作家紹介
 2003年、著者はジャーナリストのフィリップ・ドライデンを主役にした処女作でジョン・クリーシー賞(最優秀処女長篇賞)を獲得。同作はシリーズ化して全5作となった。06年にCWAの図書館賞を受賞したケリーは、イギリスのミステリ界で今ホットな作家の一人と言えるだろう。名前がありふれすぎていて検索が難しいが、恐らく未邦訳(注:このレビューを書いた当時は未邦訳だったが、その後めでたく『水時計』(創元推理文庫)が出た。) 本作はその新シリーズの1巻めである。

 内容:若きエリート警部補ピーター・ショウと、引退間近の巡査部長ジョージ・ヴァレンタイン。上の意向でコンビを組まされてまもない2人の間には、過去の事件に拠る繋がりがあり、それが必然的に彼らの関係をぎこちなくしていた。
 ある吹雪の日。浜辺に不法投棄された産業廃棄物のドラム缶を見張りに行った2人は、そこで漂着した死体を発見する。応援を待つ間にショウは、浜の高台で車の列を発見する。側道の中でまったく動かない8台――さては事件か事故か。彼らは現場に急行し、1台ずつ声をかけて事情を聞く。浜辺と沼地の間を抜ける側道は、広い自動車道に並行していた。自動車道に「洪水につき迂回」を指示する警告標識が掲げられていたため、車は次々側道に進入した。ところが先頭車の前方は倒木で道がふさがれており、しかもあまりの吹雪に戻ることも不可能になっていた。
 そして発見されたのは、眼窩に工具を刺され、死んでいる先頭車両の運転手! しかし周辺の雪面には、各車の様子を見て回った初老の男の足跡しか残っていない。彼が先頭車を覗きに行く様子は目撃されており、その短時間で犯行は不可能、返り血を浴びないわけもない。それでは、いつ、誰が、どうやって男を殺したのか?
 こうして大規模な捜査が開始されるが、その間にも平穏なはずだったこの街で怪死事件が続く。更に、雪に閉ざされた運転者たちはほぼ全員ワケ有りで偽証する者ばかり。真実は一体どこにあるのか。


 感想
 ミステリ長篇を原書で読むなんぞ初めてだが、最後まで面白く読めてしまった。肝心の雪密室の解決に関しては残念ながら、HowにしてもWhoにしても死角を突かれるような驚きはもたらしてくれない。どちらかといえば、群像劇的な楽しみのほうが大きい話である。一介の家庭の問題から、裏社会、未成年犯罪まで、一連の事件を引き起こす要素は実に様々。動機は人間の弱さに由来するものが多く、「家族の繋がり」がこの巻全体を覆うキーワードとなっている。
 主役2人の個性ははっきりしていてよい。鑑識たちは続刊でも主人公たちのよい助けになるだろうし、管轄初の女性警部になろうと燃える中国系婦人警官ジャッキーもこれから活躍しそうだ。そして、シリーズ通して宿敵となるであろう男はまさに悪のカリスマ。姿を見せた時間はわずかながら、強烈な存在感で印象を残し、読者の興味を続刊に引っ張る。決して証拠を残さない悪の天才、彼の計略にはたして綻びを見出せるのか? 主役コンビが彼を追い詰めるときが実に楽しみである。
 コロシはどれも派手なので(下記)バカミスや不可能犯罪が好物の人にはご褒美かもしれない。繰り返すが、解決はどれも小粒でちょっと残念。
 1. 子供用のビニール製いかだに引っかかった死体。腕には深い噛み傷が。しかし、それは死体そのものの歯型と一致していた。彼はなぜ腕を噛んだのか?
 2. 雪密室状態のトラックの運転席で、眼窩に工具を突き立てられて死んでいた男。血の様子から見て、殺された現場は車内ではありえない。では、どうやって死体を運びこんだのか?
 3. 砂浜に埋まった死体が貝採り漁師に発見される。周りには足跡がない。

 瑕疵:人物や組織の紹介のために書かれたのではないかという小粒な事件にはさすがに冗漫さを感じた。また「口紅色の車」や「ディズニーめいた配色の、子供用のビニール製いかだ」など結局それは何色だ!?と突っこみたくなるような比喩表現がある。が、文章自体は読みやすいし、適度にサスペンス性があって読み進めるのに苦痛はない。

 登場人物紹介
 あらすじには書ききれないので、ここでシリーズレギュラーとなるであろう警察陣の主役2人を紹介する。ネタバレもあるので注意。

  • ピーター・ショウ

 30代前半。水色の瞳にうすい金髪。見るからに切れ者で、抜群の記憶力とモンタージュ作成の技術を持つ。妻と幼い娘がいる。幼女が産業廃棄物のドラム缶を棒で突いているのを制止し、彼女が振り回した棒が目に当たったことで眼帯装着を余儀なくされることに。
 性格はクソがつくほど真面目。雪中、車両に事情聴取中ついでにドイツ産のハードコアポルノ雑誌(違法)を没収するというシーンも。いつも警察学校で習った通りの行動を心がけ、公正さと冷静さを保とうと務める。その神経質さには理由があった。
 かつて彼の父ジャック・ショウは、ジョージ・ヴァレンタインとは最高のコンビとして知られ、ゆくゆくは署長の座につくと予想されていた。だが、ある事件がすべてを変えてしまった。少年が性的暴行を受けて亡くなった事件において、ジャックは物証となる手袋を容疑者宅に持ちこんだ。結果、証拠の真贋はわからなくなり、容疑者となった大学生ロバート・モスは証拠不十分で開放される。ジャック・ショウはマスコミや一般市民から非難され、容疑者に罪をかぶせようとした「汚れた警官」と誹謗を受けて退職。失意のまま、まもなく亡くなった。
 生前の父から「警察にだけはなるな」と言われていたにも関わらず、ピーターは同じ生き方を選び、完璧な警官であろうと努める。本書において父のかつての同僚たちと接触する機会をもった彼は、己の職業生命を賭けても、たとえ上司の命に背いても「あの事件」の真実を暴くという決意を抱く。

  • ジョージ・ヴァレンタイン

 以前は優れた警察官として知られた彼は、スキャンダルによって降格されながら辞職しなかった。ピーターより余程長い時間をジャックと過ごしたヴァレンタインは、ジャックの死の床で彼の汚名返上と、モス=真犯人を証明することを誓っていたのだった。老い、痩せ衰え、妻にも先立たれた彼は、いまや事件の真相を明らかにするためだけに生きている。子供のような歳のピーターを上司に迎え、何くれと命令される現状には反感を覚えていた。また、ピーターの風貌や能力が否応なく「相棒」を思い出させるため、彼への対応は不器用になりがち。
 ピーターと違って適度に「ゆるい」彼は、賭博を見逃すことによって裏社会とのコネクションも維持している。荒っぽい刑事といった態度ながら、アレルギーや痰に悩まされる病弱さや、クモを見ると飛び上がってしまうようなギャップがチャーミング(?)

*1:ということはDeathでタイトルを統一するのかな? 表紙に褒め言葉を書いているのはコリン・デクスター。

*2:司書や読書グループによって選ばれる、期待の作家に与えられる賞らしい。