中国のSF翻訳事情まとめ(09'版)

 中国の翻訳SF業界がここ1年間で劇的に変動した。大きな出来事は4つ。
1.賞ができた。ヒューゴーや星雲にあたる「星空賞」が。しかも翻訳や英米SF紹介をやっている人たちが中核にいるので、はなから翻訳小説部門がある。
2.月刊ウェブジン『新幻界』が立ち上がった。創作・翻訳・コラムから構成される文芸誌で、PDFを圧縮ファイルにして無料配布。毎号最低6000ダウンロード、参加者の顔ぶれがいい号だと1万を軽く超える。しかも途中からポッドキャストによる掲載小説の朗読まで配信されるように。
 補足:今年から『中国新科幻』なる電子雑誌も配布されているが、こちらはまだ情報が少なく詳しいことがわからない。
3.『科幻世界』を出している出版社がSF翻訳者の発掘に力を入れ始め、外国語SFの翻訳原稿を募集。しかも要綱に「国内で未訳の新しい作家であるほど歓迎」とか書いてある。
4.ガードナー・ドゾワの年刊SF傑作選は毎年もともと翻訳されていたが、昨年は03年に1度翻訳出版したものの中断していたハートウェル&クレーマー版の13号(08年傑作選)まで出た
 本書では、私のネット知人がピーター・ワッツやケン・マクラウドを担当している。私の1歳上で、上海のとある大学の工学部出身らしい。近年短篇の翻訳を続けており、昨年はマリオン・ジマー・ブラッドリーやら、メアリ・スーン・リー「引き潮」など古いものもやっている。イチオシ作家はジェフリー・フォードアシモフズ、アナログ、F&SFの3誌を毎号購読していると聞いた。日本や台湾のSF賞情報へも興味が強く、去年は〈S-Fマガジン〉の目次をコピペして延々とフォーラムに貼ってくださっていたりもする。

 なお中国のSF翻訳者は昔からほとんどが兼業。そのため経歴や本名、生年などを伏せている者も多い。いま商業誌に翻訳を載せてる新人翻訳者には、18歳でデビューした人や86年生まれもいる。北野勇作を主に訳しているのは私と同い年の女性。また『フィーヴァードリーム』の翻訳者は08年にSF翻訳にめざめ、本書の全訳を出版社に持ちこんで出版にいたったという。こちらも同い年。うわぁ……。日本でいえば70〜80年代のように、大学生が活躍する状況なわけだ。

 古典とハードSF人気が強かった中国だが、あるブログの翻訳者アンケートでベテラン海外SF紹介者たちが「まだあまり中国に入ってきていない好きなSF作家」というお題に、レム、イーガン、ラッカー、ヴォネガットらを挙げている。次の何年かでこれらの翻訳出版→SF界にさらなる大変動が起こってもおかしくない。一度に輸入するとえらいカオスになりそうだが*1。ちなみにチャンは大人気で新作が出るたびに自分でも翻訳を試みる学生がわらわら出現し*2、バチガルピはすでに何本も翻訳されている。

 現在、未訳紹介や翻訳をしているカリスマSF者を、若手のベテラン*3を中心に何人か挙げるとしよう*4。まず北星氏。60年代生まれ、本職はNYのとある大学の数学課の講師*5で、ずっと米国に住んでいる。年に1本程度のペースで様々な作家を訳している。スワンウィックとか。イーガンとラッカーを推したのはこの人(上記参照)。機会があったら訳したい作品はラッカーのMathematicians in Loveとヴォネガットの『タイタンの妖女』だそうだ。

 願備氏。女性。60年代末期から70年代はじめの生まれらしい(非公開) 上海交通大学を卒業、マサチューセッツ工科大学へ留学し博士号取得。現在シンガポールに住み、現地でもSFサークルを組織しているようだ。01年にナンシー・クレスの翻訳2篇で『科幻世界』デビュー。その後は古典長篇を訳している。(ハインライン夏への扉』、アシモフファウンデーション対帝国』、フランク・ハーバートデューン 砂の惑星』)

 ブルース・ユー氏。73年生。化学を専攻したのち、MBAを取得。上海のアメリカ系外資企業に務める。01年ごろから「現実逃避に」SF翻訳を始める。ローレル・K・ハミルトンや『エクソシスト』原作まで実にいろいろなものを訳している。ハートウェル版年刊SF傑作選の共訳者の1人。パルプ小説、スペースオペラが得意な独自路線の訳者で、ジョー・ホールドマンとジョン・スコルジーの翻訳で知られる。現在イチオシの作家はチャールズ・ストロス、ニール・アッシャー、アレステア・レナルズ、ロバート・A・メッツァー(未訳)など*6

 Denovo氏。70年代後半生の女性。NYで生命科学の博士号を取得後、現在シンガポールで研究者として働く。07年にナンシー・クレスの翻訳でデビュー。英中翻訳のみならず中英も行ない、国際的な企画で活躍する。D姐と慕う若者が多数。好きな作家はヴォネガット、レム、スターリング。
 
 ところで新賞や新ウェブジンのサイト管理をやっている一人には、以前連絡先を教えてもらった。彼はさいきん商業誌ライターデビューもしており、あちらのSFフォーラムやブログで「ストラーン、ホートン、ハートウェル、ドゾワそれぞれの年刊SF傑作選の特徴と傾向」「ファンジンの歴史」など情報まとめ系のコラムをいくつも執筆している。この人は個人情報をまったく明かしていない。私は9月のSFファン交流会で、最新海外SF企画のお手伝いをさせていただく予定なので、余裕があれば連絡先を知っているあちらの若手SFファン(セミプロ)たちにインタビューを敢行して公開しようかと思う。できるといいな。

 List of References: 百度百科、「科幻奇幻译者名人堂」、「星空奖译者问答系列」(sansanfen先生, 真是太谢谢了!)

*1:どう考えてもフォーラムで「どういうことなの……」祭りが起きるw

*2:このへんは日本と同じか。

*3:矛盾するようだが実際そんな感じなんだもの。

*4:みな筆名。

*5:ソースが見当たらないが、教授という噂が。

*6:ハードめのスペオペ嗜好?