太朗想史郎『トギオ』(2010, 宝島社)
【どんな本?】
第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞したピカレスクSF。
『快楽的・TOGIO・生存権』を受賞時には『東暁記』に改題されて発表され、発売時にはさらに『トギオ』に改題されたようだ。帯には「ブレードランナー」の独創的近未来、「AKIRA」の疾走感、「時計じかけのオレンジ」の暴力。というコピーがついている。このチョイスにはうなずけないこともない。本書は昔のディストピアSF*1を思わせる、陰鬱な未来の物語である。
タイトルにある『トギオ』は未来の東京でもありうる、上部のごく一握りが金とテクノロジーを掌握した*2退廃的で貧しい大都市だ。なおトギオが舞台になるのは第三部以降で、一貫してタイトルに採用された理由はちょっと謎。
語り手である主人公が死亡済みと明かされるショッキングな一行目でぐっと心をつかまれる。彼がどうやって語り手を務めているのかという疑問は、読み進めば徐々に見当がつくはずだ。私はたまたまジェフ・ライマンが短篇“You”(未訳)で同じことをやっているのを読んだばかりだった。この種の<一応伏せる>個人の生活と一体化したPC・インターネット</伏せた>の使い方は、構成のひと工夫や、もしくは切なさを喚起させる手法として今後ますます一般的になるのかもしれない。
近年の話題作である千早茜『魚神』や飴村行の粘膜シリーズと同じく、世界観は古い日本のようで現代とも未来ともつかない。ベテランの作を挙げれば、貴志祐介『新世界より』や打海文三『裸者と裸者』の三部作も古めかしい未来の日本の話だ。実際のところ、この中で一番わかりやすく「SFっぽい」と言えるのはこの『トギオ』かもしれない。*3
本作には現代〜昭和以前をしのばせる要素、人買い、農村の村八分、ヤクザ、グラフィティアート、ハッテン映画館などが登場する一方で、近未来的なアイディアも多数盛りこまれている。
たとえば藻の葉緑素からエネルギーを作り出す、一種のソーラーパネルの一般化。
持ち主から学び、自動的に検索結果などがカスタマイズされる超薄型携帯コンピュータ『オリガミ』。
そのオリガミで取引する電子マネーを基本とした経済。
薬と『オリガミ』の併用で入りこめる仮想空間。
都市の風を逃がし、そこで風力発電を行なうための場所「風道」。そこで暮らす、生存権のないホームレスたち。
古さと新しさが混交し、しっかりとした世界観を形作っている。いま列記してみて、実はこの本、結構ニール・スティーヴンスン『ダイアモンド・エイジ』と近い位置にあるのではないかと気づいた。ついでに言えば、バイオエネルギーや貧しい下層労働者が搾取される状況は、未来の中国を舞台にした女工哀史ものである、モーリーン・F・マクヒュー“Special Economy”(未訳)とも重なっていたりする。太郎氏は現代の文学寄り*4SF作家が拾うような、今日リアリティがあり、問題が提起されているテクノロジーを取り入れるセンスがあるのかもしれない。(ちょっと作者が好きな小説が気になった。ふだん何を読んでる人なんだろうか?)
【他の方の感想などを見て、短所について考えてみる】
幼い主人公のちょっとした善意によって一家はまるごと苦難に瀕し、本人も徹底的に踏みにじられて大変ねじけた人間になる。あるいは元々ロクデナシになる素質もあったのかもしれないが、とにかく主人公はすくすくと駄目な人間に育ってしまう(笑) 読者が彼の人生を追体験する道中は、攻撃的な内心の描写を読まされ、たやすく暴力や殺人に及ぶのを目撃させられるというキビしいものだ。ちなみにこの小説、一冊通じて善意や好意はことごとく報われない。花村萬月、平山夢明、吉村萬壱、あと田中哲弥あたりの名を見るとトラウマが呼び起こされる人にはまったくもって不向きな本だろう。エンターテイメントに後味の良さを求めるなら、手に取らないほうがいい。
また、たしかに掘り下げられずじまいのキャラクター・エピソードも少なくない。だが、この物語はそつなく綺麗に収束しても、それはそれで違和感をおぼえる気がする。むしろ主人公の造形からすれば、彼の人生がとりとめもなく、時に飛躍して語られるのは当然ではないだろうか。この小説に限っては、主人公のひねくれぶり、話の進み方のバランスが若干いびつなところ、そしてあっけない最期のいずれも瑕疵ではないと断言できる。
というわけで「感情移入しにくいキャラクター」「物語のバランス」については、今後の作品を読んでみないことには故意か否かも判断できないと思う。また違った雰囲気と書き方を見せてもらえることを期待したい。審査員の方々のコメント通り、このミス大賞から出てきたのが意外なほどの個性派だった。これがホラー大賞、ファンタジーノベル大賞、日本SF新人賞の出身なら素直に喜びはすれど、驚きはしなかったと思う。
- 作者: 太朗想史郎
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2010/01/08
- メディア: 単行本
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