ジョージ・ソーンダーズ 岸本佐知子訳「シュワルツさんのために」(群像09年10月号)

 〈変愛小説集〉第2期の9作目には、2002年に短編集『パストラリア』*1角川書店, 2002)が邦訳されたジョージ・ソーンダーズが登場だ。浅倉久志氏による翻訳があるこの作家は、私の記憶が確かであれば、都甲幸治氏がプッシュする一人でもあるはずだ。掲載作の初出は90年代はじめ。
 「シュワルツさんのために」は〈変愛小説〉シリーズの中でもSF度が群を抜いている。本作は、バーチャルリアリティ体験と記憶操作にまつわる話なのだ。もっと大まかに言うと、ぬるま湯のような悲惨さに浸かった日常の話(この作家が得意とするテーマだ)

群像 2009年 10月号 [雑誌]

群像 2009年 10月号 [雑誌]

 あらすじ:妻を亡くした男は、ホログラフィーの視聴屋を生業にしていた。レンタルビデオショップとビデオ鑑賞用個室が合体したような店で、客に仮想現実を体験させるのだ。しかし利益を省みずに貧しい者たちにツケで一時の夢を見せてやった男は、本部の社員からフランチャイズ権利を剥奪される。当然だ。
 男は装置とソフト数本を手元に残し、時おり慈善として装置を使い、老いて孤独な未亡人シュワルツさんに楽しい夢を見せてやる。
 (以下、ややネタバレ注意)


 ある日強盗に襲われ、携行する装置の使い方を教えるよう脅された男は、とっさに強盗にポルノを見せ、油断させるよう謀った。しかし、彼は装置のスイッチを間違っていた! 装置は、老いた強盗の辛い人生経験を吸い取ってしまったのだ。しかし強盗は悲惨な過去を奪われ、むしろ大変幸福そうに去っていった。必ずしも記憶していることが幸せとは限らない。男は強盗の吸い取った記憶から不適切なシーンをあれこれ削り、歴史体験ソフトとして学校に売りこんで少なからず稼ぎを得る。それから主人公が試みたのは……。

 という、いい話かつバカSF。主人公が売りこんだ歴史学習ソフトで子供たちが妙なことばかり覚えこんで、従軍体験しては用務員の老人にかつて使った銃の型を訊き、60年代を体験しては悪罵のバリエーションとして「ニクソンめ!」を使うという有様。虚しく物悲しい話である一方、随所で悪趣味スレスレの愉快なエピソードが頭をのぞかせているところが私の琴線をストローク、のちチョーキングした。みんな京フェスの前に読もうね!

*1:ジョージ・ソウンダース表記