09'春 異色・奇想ミステリ新刊

 今年出た、ファンタジーやホラーとミステリの間をふらふらしてる系の小説をいくつかご紹介。 
 本命は、ケリー・リンク夫妻の小出版社スモール・ビア・プレスが初めて雇い入れたバイト*1という出自のジェディダイア・ベリー“The Manual of Deteciton”(2009)なのだが、どうやらペーパーバックの入手にだいぶかかりそうなので来年の刊行を待つことにする。Amazonの粗筋などを参照するに:舞台はいつも雨が降る名もなき街。エース級探偵を抱える探偵社の事務員が、エースの失踪を機に探偵を務めるよう言い渡される話。彼が持つのはナルコレプシーの助手、傘、そして『探偵法マニュアル』だけであった。悪の結社の親玉をはじめ、エースの敵は少なくない。一体、彼の身に何があったのだろうか。謎を解き明かさんと街をうろつく主人公は、バベルの図書館を思わせる建造物に遭遇したり、続く事件に巻きこまれて自身が殺人容疑を着せられることに……!? という感じで、ひどく興味を引かれる。

The Manual of Detection

The Manual of Detection

 読みかけの洋書だらけではあるが、昨日から読み始めた2冊も今年かなり評判になった幻想ミステリだ。
 まずは『ペルディード*2・ストリート・ステーション』がようやく邦訳されたチャイナ・ミエヴィルの新刊『ザ・シティ&ザ・シティ』(Macmillan, 2009)だ。前書きにてミエヴィルは、特にこの本を書く上で自分への影響を感じた作家として、レイモンド・チャンドラーカフカ、アルフレッド・クービン、ジャン・モリス、ブルーノ・シュルツの名を挙げている。特にシュルツから多大なインスピレーションを受けているらしく、1章の前に「肉桂色の店」からの引用が記されている。
 架空のヨーロッパの一国――東欧からバルトあたりを思わせる、海岸に面した国が舞台だ。バルカン半島方面から来たイスラム住民やユダヤ人も住んでいる*3。読み始めてすぐに、この国の言葉はかつてはドイツ語、現在は英語からの言語的影響が大きいとすぐ知れる。人名はすべて、ありそうでなさそうなものばかりだ。
 緊急犯罪対策班のベテラン警部テャドール・ボルルは、治安の悪い地区の不法なゴミ溜で、若い女性の死体が発見された事件に携わる。第一発見者はドラッグをやりに来たティーンたち。遺体は殺害後どこかから運ばれてきたらしく、引きずられてできた無数の擦過傷となぜか赤錆だらけで、現場では捨てられたマットレスの下に隠されていた。ボルルは鑑識医や若き女性刑事のサポートを得て、地道な捜査を進めていくが……。
 現在3章/28章。この話のどこにファンタジー要素があるのかと疑問に思われるだろうが、1章のラストでどうやらこの国には、不可触ならぬ「不可視」でなくてはならない『異国』が存在するらしいことが明らかにされるのだ。しかし、もはや手垢に塗れた「認識によって見えない」トリックが素直に使われるとも思えず、話の行く先がどうなるか非常に楽しみである。
The City & The City

The City & The City

 お次は、邦訳が数点出ているジャック・オコネルの“The Resurrectionist”(No Exit Press, 2009)である。裏表紙でコメントを書いているのが、ジョージ・ペレケーノスとエルロイとジェフ・ヴァンダーミアにマクシム・ジャクボウスキーという謎の豪華面子。作者略歴のところには「キャサリン・ダン*4ニール・ゲイマンジョナサン・キャロルに褒められた作家です」とある。そして〈ストランド・マガジン〉の人が書いた、アオリ文に使われている文句は「傑作。オコネルの力作は、カフカの不明瞭さ、ブラッドベリのファンタジーグレアム・グリーンの粋な文体、チャンドラーのノワールを兼ね備えた!」とドえらい吹きようだ。
 物語は薬学を専攻し、それなりの職場で稼いでいたスウィーニーが職を辞して、とある病院へ着いたところから始まる。院長一族が昔から所有していた地所にある古い私立病院。ここは現在、昏睡・脳死状態にある患者のみを収容し、研究・治療にあたっていた。スウィニーの幼い息子もまた、ある事故によって植物人間となり、彼は息子が収容される病院で働くためにわざわざここへの紹介状をもらってきたのである。
 2章は突然、まるまる『リンボ・コミックス』というコミックの1章「流浪」が小説として語られている。このコミック、1章の冒頭でスウィーニーが待ち時間に読んでいたものだ。
 こちらは「古ボヘミアでいくつものサーカスが巡業していた頃」という時代設定である。フリークスの一団は、彼らに長年いわれなき憎悪を抱いてきたサーカスの剣使いに追われ、一座を追い出される。生活を立てる手段に乏しく困窮した彼らは、さらに酔った剣使いに襲撃される。助太刀してくれたサーカスの怪力男は剣使いを殺めてしまい、行く場のない一行は仲間の一人である「鳥少年」の故郷と思われる地『ゲヘナ』への旅を始める。
 もちろんリンボは辺獄、ゲヘナは地獄を意味する。この言葉選びは何を意味しているのだろうか?
 どうも、交互に語られる各章はなんらかの結びつきをもっており*5、昏睡から帰らぬ息子の意識を求めてスウィーニーはコミックの世界との関わりを持つことになるようだ。現在2章/30章。
 どちらの本も引きこむ力がすごいのなんの。こういう闇鍋なジャンルミックスは大変好み。日本の書店で入手できる洋書は、売れそうな要素がある=邦訳確率が高い本であることが多いので、早晩に翻訳が出ることを祈る。
The Resurrectionist

The Resurrectionist

*1:本の雑誌社における群よう子ポジション。

*2:そういやperdidoってスペイン語でおもにlost,strayなどの意味を持つ単語なのだが『マヨイ通り駅』って意図だったのか?

*3:文中で語られる「イスラム住民とユダヤ住民が共同経営した喫茶店の特殊な営業形態」はこの物語の世界設定自体に関わる伏線であろうと思われる。

*4:『異形の愛』(ペヨトル工房

*5:世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』や『はてしない物語』に代表される形式ね。