Michal Ajvaz “The Other City” (2009, Dalkey Archive)

 シュールリアリズム、マジックリアリズムなのかも不明な、チェコ文学作品の英訳。

 著者の名はどう読めばいいのか。まず、そこでつまづく。
 本書と私の出会いは、Amazon.comの2009年SF・FTトップ10だった。一体だれが選んでいるのやら、Amazonは毎年、よそのSFランキングで見かけないような幻想文学怪奇小説などをブチこむ傾向にある。10位なんかは表紙と題に惹かれて粗筋を読んだりもしていたが、この6位はそれまでまったく目にとまらなかったものだ。
 しかし見ればDalkey Archive Press*1のペーパーバックライン*2、その東欧文学シリーズの1冊だという。おお、現代メキシコ文学傑作選を出したり、“Best European Fiction 2010”を出したりやなんかしているDalkey Archive Press! 外国文学、批評や詩、絶版の復刊をがんばってるDalkey Archive Press! 大事なことなので3べん言ってみた。

 ※なお、話はそれるが“Best European Fiction 2010”は文字通り、欧州じゅうから現代作家を集めたアンソロジーである。目次を見て、ぱっとわかる名前がヴィクトル・ペレーヴィン(『恐怖の兜』『チャパーエフと空虚』)とアラスター・グレイ(『ラナーク』『哀れなるものたち』)しかない。よりによってその2人か。この本にはあと35人以上の作品が収録されているのだが、まさか残りもそんな感じなのか。序文はゼイディー・スミスだけど。
 追記:あろうことか上にいたジャン=フィリップ・トゥーサンを脳内検閲で削除していたらしい。もくじ→http://www.dalkeyarchive.com/catalog/show/609

Best European Fiction 2010

Best European Fiction 2010

 話を戻そう。

 著者Ajvazは1949年、チェコプラハ生まれ。チェコ語チェコ文学を専攻し、現在はプラハ理論学センターの研究者として働いている。90年ごろから小説を発表し始め、小説のほかにデリダに関するエッセイ、ボルヘスに関する瞑想録などの著作もある。2005年に文学的功績を讃えられ、ヤロスラフ・サイフェルト賞を受賞。

 だそうだ。しかし正直、日本の一読者にとってはすごいのかどうかすらわからない。そもそも第二長篇のタイトルに『老コモドトカゲの帰還』(1991)とつけるような人物だ。きっと油断ならない作家に違いない。(ところで内容がタイトル通りなのかが気になる)

 ぱらぱらと読むと、章ごとの独立性が高く、連作短篇集に近い長篇小説とわかった。各話は、会話シーンや主人公以外の登場人物の語りで占められている。どの語りの内容も幻想的で、名状しがたいモニャモニャ感。チャイナ・ミエヴィルが書いた東欧の都市を読んだばかりなので、奇妙に連続した夢を見ているような気にさせられる。
 なお語りは耽美でも軽妙でもなく、やたらともってまわった言い回しが出てくる。

 一章:吹雪のプラハ。外枠の語り手である「私」は、古書店で深紫の書物を見つける。作者の名前はなく、題はこれまで見たこともない文字でつづられていた。
 二章:「私」は大学図書館に例の本を持ちこんだ。卵型の顔をした四十路の研究者は、以前にもこの謎の文字に遭遇した経験があるという。
 研究者は図書館に就職してまもない頃、亡くなった人間が遺した蔵書を検分するため、故人のアパートへ立ち入った。そこで見つけたのが奇妙な文字が書かれ、派手に装飾された本。しかし彼がそれを手に取った途端、教会よりも高く逆巻く津波が、四方八方からアパートに押し寄せてきた! 小魚の群れが映像を形作って彼の恥ずかしい姿を上映し始め、黒い魚はあざけりの声を浴びせてくる。おまけにピアノも蟹に変じて寝室を走り回る有様だ。
 気がつけば、彼は病院にいた。アパートで倒れていたところを発見され、運びこまれたのだ。なんでも現場には幻覚症状の出る有害ガスが溜まっており、隣人が異臭に気づかなければ命を落とすところだったという。
 研究者が改めていくら探しても、その後アパートから例の本が見つかることはなかった。しかし、ただの夢とも思えず、彼は懸命に己が見た文字を復元し、他の司書たちに尋ねて回る。結果、なんと見覚えがあるという人物が何人か見つかった。
 文字を見た者は直後に必ず不思議な体験をしていた。自室のカーペットの上でのたくるヒトデを見つけたり、到着した電車の車両の内装がゴシック式教会のそれであったり、と。
 「私」は半ば無理やり、研究者にこの本の謎を探る協力をとりつけるが……。
 (気が向けば続ける。22章のうち4章まで読了)

The Other City (Eastern European Literature)

The Other City (Eastern European Literature)

*1:出版社名が『ドーキー古文書』というだけですでにやばい。

*2:たとえばレーモン・クノージョン・バースバーセルミミルハウザー等が1000円台で買える。お財布にやさしい。