Victor LaValle “Big Machine”(Spiegel & Grau, 2009)

 アメリカの妙な文学好き界隈で話題になっている本。
 ヴィクター・ラヴェイルは1972年生。名門コーネル大学およびコロンビア大学を卒業。2003年、ペン/フォークナー賞最終候補。NY出身で父親はアイリッシュアメリカ人、母親はウガンダ人である。
 ラヴェイルは10年前にデビューしたものの、著書は今年8月の新刊で3冊目という寡作な書き手だ。以前から米AmazonThe Ecstatic(2003)を薦められることしきり、だったのだが、こちとら生憎リアリズム小説っぽいものには積極的に手を出す気がなかった。精神を病んでコーネル大を中退した肥満体の青年と、彼を真っ当に復帰させようとする家族の物語。暗い内容で物議をかもしたらしい。なお、著者は実際にコーネル大学在学中に精神を病み、一時はかなり太っていたそうだ*1。処女作のSlapboxing with Jesus(1999)は短篇集で黒人およびヒスパニックの少年〜若い男性を主人公としたものが中心だという。ところが、これまで自伝的小説ばかり書いていたラヴェイルの新刊は、うって変わって超常的な要素に彩られているらしい。
 ネット上で見つかるレビューでは「ハルキ・ムラカミとかピンチョン方面の芸風」「ドン・デリーロチャック・パラニューク、ラルフ・エリスンの系譜を継ぐ者」などと言われている。尋常じゃない顔ぶれである。インテリ系ラッパーとして知られ、『銀河ヒッチハイクガイド』ではフォード役を務めるなど俳優としても活躍するモス・デフは、このラヴェイルに強いシンパシーとリスペクトを捧げ、自分のアルバムに“The Ecstatic”と名づけた。またデフは最新刊について「ガルシア=マルケスとポーが混ざったような」と評している。というわけで、一刷は1万部だったらしいこの本、話題を呼んで増刷を重ねている。

 一番読みでがあるのは、ワシントン・ポストに掲載されたエリザベス・ハンド*2の書評だろう。
 ハンドの言によれば「ラヴェイルは、ジュノ・ディアス、レヴ・グロスマン、ケリー・リンク、ケヴィン・ブロックマイヤーらと共に、時代遅れの文学的因習を再創造する要注目・最重要作家の一端を担う。とりわけ「真面目な文学」と「大衆小説」を長いこと隔ててきた、ジャンルや民族性の壁を打破する試みにおいて。」(以上やや意訳)だそうだ。で、作品の謝辞にはオクタヴィア・バトラー、スティーヴン・キング、シャーリイ・ジャクスン、アンブローズ・ビアスの名がある。どうも著者は若かりし頃からホラー映画・小説好きで、The Ecstaticの主人公もB級ホラー映画マニアだそうだ。これはなんか期待できそう。しかも、文体は軽くて愉快だ。Amazonの立ち読み機能で最初のページを開くと、目に飛びこんでくる第一段落はこんな感じである。

 公衆便所では品位なんか求めちゃいけない。ここで見つかるものなんぞ、プライバシーとべとついた床くらいのものだ。けど、上司からツヤツヤした封筒を渡された時、俺が真っ先に駆けこんだのは公衆便所だった。なんだってんだ、トイレ磨きこそ俺の生業だからだ。

 その数段落後、仕事をさぼって一番奥の3つめの個室で封筒を開けようとした主人公リッキー・ライスは、開けて即座にドアを閉め、2番目の個室に入る。最後の個室の床には、どこかのどいつかの自慰の形跡があったからだ。そこで主人公ぼやいて曰く、

 I can understand how a person misses the hole when he's standeing, but how does he miss the hole while sitting down?

 ときたもんだ。下ネタ言葉遊びで吹かざるをえない。
 物語の冒頭では、この便所掃除夫リッキーが謎の手紙に招かれ、彼同様のしけた元受刑者・元ヤク中の黒人男性ばかりがヴァーモントの《ウォッシュバーン図書館》に集められたことを知る。図書館は《学者まがい》(Unlikely Scholars)が、奇跡を取材した記事ばかりを収集・蓄積する場所であった。集められた男たちの共通点は、かつて幻聴とも神の声ともつかぬ謎のメッセージを耳にしたことがあるという経験である。それは、かつてこの《図書館》を設立した男が体験したと言われる奇跡だった。リッキーともう1人の男は、《図書館》を裏切りサンフランシスコに逃亡した狂信者ソロモンを追跡するため送り出されるが……。


 この小説はハードカバーで400ページに及び、価格も2500円する。9月の終わりくらいに本書が気になってブックマークに入れたものの、来春のペーパーバック落ちまでお預けをくらっている。むろんセルフお預けだ。布団の上か、乗り物の中でしか本を読まない性質なので、ハードカバーは買っても手が伸びない、高い、重いと私にとっては悪いことづくめだ。あとコレ系の文学は、ランダムハウス講談社が引っ張ってきそうなのでしばし様子を見たいというのもある。スティーヴ・トルツは危うく原書を買うところだったし、あんな分厚い本は買っても積むに決まっていただろうし。

Big Machine: A Novel

Big Machine: A Novel

*1:現在はほっそり。

*2:そう『冬長のまつり』のハンドだ。彼女は幻想小説を主とした書評家としても活躍している。