ジェフ・ライマン編“When It Changed”(Comma Press) そのいち

 半分までざっと読んだ。イギリス人を中心とした作家たちが、科学者たちから専門知識を得てSF短篇を書き下ろすという企画のアンソロジーである。タイトルはライマンがお気に入りの短篇、ジョアンナ・ラス「変革のとき」からもらったそうだ。
 ジェフ・ライマンといえば「マンデーンSF」という概念(サブジャンルといったほうがよいか)の推進者である。マンデーンとは元来「ありふれた/ふつうの/つまらない」という意味だが、この場合は「地に足のついた」といった使い方をされている。具体的に言えば、地球もしくは地球近隣を舞台にし、(小説が書かれた時点での)科学理論から逸脱しすぎないSF小説という縛りの上で書かれたSF小説のこと。書中にはマンデーンSFという言葉こそ出てこないが、ライマンが編集した本書の収録作は大半がこの定義にあてはまる。
 では、前半の作品を紹介しよう。ネタバレ注意。ネタがあまり面白くない作品もリーダビリティはかなり高いので、読み進めるのに苦痛を感じない。

 炭素から始まり、様々なことに思いを巡らす女性研究者の1日が描写されている。あまりに何も起こらない小説だが、実はこの本のトリにパート2がある。そちらで何か劇的な展開が起こるとよいのだが。

  • ポール・コーネル “Global Collider Generation: an Idyll”

 もともと映像作品やコミックの原作を手がけてきたポール・コーネル。『ドクター・フー』の脚本なんかも書いている。ちなみに2007年のワールドコンの折、来日していたりする。最近は小説も執筆しており、アンソロジーで時々見かけるようになった。
 「衝突によって変化を引き起こす」というのが本作のテーマと言えるだろうか。
 第二次冷戦が勃発した近未来、中国は各地へ衝突型加速器を建造していた。一方、NASAとロシアの宇宙開発事業団は火星への着陸を争って研究を続けている。中国人女性研究者リーが物語の中心人物なのだが、著者はマイクル・ムアコックから許可をもらい、彼のジェリー・コーネリウスもの*1からコーネリウスその人を主人公その2として借りてきている。
 冒頭は、リーに雇われたコーネリウスが加速器を建造する「空き地」を作るため、フランス語しか解さぬ象の背に立って火炎放射器を振るい、モン族の芥子畑を焼き払うシーンから始まる(!)*2
 「衝突型加速器は、異なる政治システム間の衝突が変革をもたらすという点で、マルクス理論と似ている。」というようなことをリーが内心つぶやいていて、これがアイディアのキモかと思われる。

 下記の文はリーがマスコミへの発表を行うシーン。ちょっとサマンサ・オルレンショーを思い出したw
 「彼女は灰銀色のドレスを身にまとい『かっこいい労働者のポーズ』をとった。ドレスにはミューオン加速衝突器の設計図が描かれている。」

 ところで、加速器関係の用語を検索しても論文や学会報告しか見つからず、とうてい理解が追いつかない。近年のニュース記事が話の合間にいくつも引用されいているのは“The Solaris Book of New Science Fiction: volume.2”に収録されていたムアコックのコーネリウスものと同じだが、そもそも元ネタもちんぷんかんぷんだった。能力と知識の不足を感じる。

  • サラ・メイトランド “Moth Witch”

 怪奇!コケババアの恐怖!という感じ。スコットランドの森の深奥に棲むコケの妖怪みたいな魔女が、珍しいコケを採取して帰ろうとする植物研究者を抹殺するという、妖精譚か怪談みたいな話。ただしコケの吸湿力を利用して死体をミイラ化して隠蔽したりとか、コケの生態が色々と科学的に紹介される。妙な作品だ。

 記者の主人公は、軍人の間で動機がない自殺が多発していることに気づいた。彼は違法ドラッグの蔓延を疑うが。

 大学でコンピュータの専門家に話を聞くところは蛇足じゃなかろうか。(大学サーバーにハッキングを仕掛けてくる輩が多い。ロシアは成分ごと研究を盗み、ストリートチルドレンで実験して市場に出す。中国はドラッグの見た目だけ剽窃する……という話を仕入れるシーン) 最新コンピュータの話をちらっと出す以外に必要性が感じられない部分だった。そもそもこの逸話はマジなのか、創作なのか。ネタは「絶望と虚無をもたらすドラッグ」というもので、いくらでも広げようがあったと思う。

  • グウィネス・ジョーンズ “Collision”

 カイパーベルトにある異星人の置き土産を使い、研究者たちは星系間旅行を試みる。これまでの実験者たちは二度と戻らなかったが……。
 山田正紀みたいな時空の超え方をする話。主人公たち(女性と中性)のジェンダー意識とロマンスが絡んでくる。残念ながら、あまり新しさがない。

  • アダム・マレク “Without a Shell”

 青春小説。ジュヴナイルっぽいというかラノベっぽい。この中では一番若い作家か(1974生) デビューも07年。SFというよりは文学の人っぽい。
 もともと軍用だった特殊装甲服が一般的になった未来。バッキー少年は同じ学校の女の子、ゲイルに恋心を抱く。しかし彼女には子供を殺したという噂があった……。

 舞台は子供たちがナノテクを利用した特殊な服を《制服》として着るようになったイギリス。バッキーとゲイルが通うアレクサンダー・アカデミーは、特に最新の制服を導入していた。どうやら彼らの学校は、少数のエリート児童たちのみを集めた場所のようだ。
 バッキーの父親はキルギスタンでテロリストに殺され、その現場を撮影した映像をYoutubeで公開されたという設定。バッキーは「パパも第一世代じゃなくて、第二世代ナノユニフォームを着ていたらテロリストに捕まることも、殺されることもなかったのかな」と胸中、独りごちる。また《制服》を導入してから、一層子供を狙った犯罪も増加した。ハードルが上がるほど、それを攻略すれば注目を浴びられるようになる。
 ゲイルは鼻持ちならないエリート意識がある少女で、優れていない子供は死んでも問題ないという考えの持ち主。自分たちは価値があるから守られていると思っているようだ。そんな少女であるから、バッキーは自分が彼女にとって価値があるかどうかが気になって仕方がない。

 さて繰り返すが、この話は完全に青春小説。《制服》に強力な治療回復効果があるので、休みに入った児童たちは危険な決闘ごっこに興じる。割れたガラス瓶を持って自転車で疾走し、馬上槍での決闘を気取るのだ。ガラス瓶が腹部に刺さっても大丈夫。《制服》が守ってくれるから、打撲になる程度で済む。
 ゲイルと決闘することになったバッキーは、自分の《制服》を脱ぎ、刺せば死ぬ状態で自転車をこぎ出す。はたして、ゲイルはバッキーを刺すことができなかった。バッキーは自分が彼女にとって特別だという証明を得て大いに喜び、子供たちはひやかし混じりの歓声を送る。おわり。

 安全と危険のいたちごっこと、まぶしい青春の1ページが語られる。

  • ジェフ・ライマン “You

 ブログ・Twitter・個人の健康監視システム・メール・電話などが統合され、本人が見た映像や音声も一緒に記録されるLifeblogと転じた近未来の地球。21世紀後半の火星に住む女性ジョイアンナ・ヘイヴンは、〈あなた〉と共に21世紀前半の女性研究者アサンプタ・シヘス(スペイン系)のLifeblogを閲覧し、彼女の人生を追体験する。
 火星に降り立った無人機が発見したもの。それは無数の小円柱だった。それぞれ謎の模様がついており、場所によってはオブジェのようにらせん状に組み上げられていた。かつて存在した火星人。彼らが小円柱を製作した意図は? どんな姿をしていたのか? 知性はあったのか? アサンプタは生涯をかけ、火星人の遺物を読み解く。
 
 読者である〈あなた〉には、早い段階で1.アサンプタが火星の遺物に関する大発見を果たしたこと、2.嵐の晩に彼女が亡くなったことが明かされる。だから人生を追う旅の結末は、容易に想像がつく。ジョイアンナはアサンプタに単なる尊敬の念以上の思いを抱いているようだが、彼女たちの人生は決して交わることがない。終わりがわかっているからこそ、ジョイアンナの語りが切ない。
 アサンプタは酒びたりになり、孤独に亡くなる。楽しみと言えるようなものは、ロマンス小説を読むことくらい。なお、作中作としてこのロマンス小説が数行書かれているのだが、まさかこのタイトルが「大発見」後の遺言的スピーチに関わってくるとは思わなかった。ちなみにアサンプタは、若い男詐欺師にひっかかったりもする。

 クライマックスの盛り上がりとテーマは、長谷敏司『あなたのための物語』と非常に相似している。共に、SFでしかできない方法で愛と孤独と死の絶望を描いているのだ。
 しかし最近のライマンは主人公がおばちゃんばっかりだ。しかも愛と人生を中核に据えた話が多い。ライマンの短篇の設定は結構好みだが、近年の作だけでうっかりオリジナル短篇集とか組もうものならオール中年女性アンソロジーになりかねない。企画が難しいだろうなぁ。

  • マイケル・アルディッティ “In The Event Of”

 著者は元々脚本家・批評家で、これまた文学よりの人らしい。

 クローンもの。地中深くにある無菌室のような、悲しみのない国「管理された世界」と生き抜くに厳しい「表面の世界」に分かれた地球。20代前半で亡くなったサラのクローンとして生み出されたサラが、母親に対して書いた遺書という形式をとっている。割と壮絶な話。
 数多くの虐待されたクローン同士が体験を語り合うセラピーのシーンもさることながら、主人公を待ち受ける展開はギリシャ悲劇系の容赦のなさ。厭な話を読んでも構わない人は、ネタバレをどうぞ:成人後、宇宙服のような防護服を着て「表面の世界」へ登り、現地人と交流を持つ活動に携わったサラ。防護服のヘルメットを脱げば、地下の人間は有害な空気とウィルスによって程なく死に至るのだ。彼女は現地人の若者とひと目で惹かれあい、彼の家で愛を交わす。しかし、実は彼は「以前のサラ」が地上へ登り、設けた子供だったのだ。運命と「管理された世界」の残酷さに絶えかね、サラは再び地上へ赴き、若者に事情を打ち明けてヘルメットを脱ぐことを決めた。

*1:本邦では書籍が出ていない模様。

*2:モン族(ミャオ族)は中国にもラオスにもベトナムにもいるそうで、「ラオス人は降伏した」というセリフがある。地理と情勢がどうなっているのかは、私に知識にないこともあってはっきりとは読み取れない。