カレン・マリー・モニング『妖しき悪魔の抱擁』ヴィレッジブックス(2009) 

 柿沼瑛子訳の本を読むのなんて久しぶりだ。いや、柿沼訳だから懐かしんで手に取ったんだけど。

妖しき悪魔の抱擁 (ヴィレッジブックス)

妖しき悪魔の抱擁 (ヴィレッジブックス)

アメリカの田舎町に住む女性マッケイラは、アイルランドに留学中の姉が何者かに惨殺されたため、ダブリンへ飛んだ。そして書店を経営する謎めいた男バロンズと出会い、驚くべき事実を知る。それは、ダブリンには人間になりすました邪悪な妖精たちが徘徊していることと、マッケイラには妖精の真の姿が見える特殊な能力が備わっていたこと。姉の死にも妖精が関係しているらしい。姉の無念を晴らすには、マッケイラと同じ能力を持つバロンズに協力して、妖精たちと戦うしかなかった…。全米を席巻した話題騒然のロマンティック・ファンタジーいよいよ登場。

 アイルランド妖精民話の味付けをされた今はやりのパラノーマル・ロマンスである。
 私はロマンスに焦点を当てた小説は基本的に読まないのだが、この本は苦手意識をクリアして最後まで読ませてくれた。その理由は、少なくともこの1巻の時点ではロマンス要素がほぼ皆無ということにある。では内容はなんなのかというと、アクション時々エロというある意味で単純明快なファンタジー。謎の男バロンズに導かれ、秘宝の槍を(盗んで)手に入れたマッケイラ、通称マック。彼女が邪妖精を、弱点がわからないからとりあえず刺してみたりして倒していき、姉の死の真相を追うのが主筋である。邪悪な妖精たちは生気をすするモンスター。高貴な妖精族もケルト伝承に沿い、気まぐれで残酷。相棒のバロンズも明らかにただの人間ではなく、信用してよいかもわからない。マックは孤独な戦いを強いられる。
 相手役のバロンズはいわゆるツンデレ。冷徹で傲然だ。巻の最後で気絶しかかったマックにほんのわずかばかりデレる。一方のマックのほうも彼に惹かれている事実を認めず、変な魔法のせいではないかと疑う。そんなわけで、まだロマンスのロにも達していない。
 さて、マックが妖精族との共闘を拒んだことを逆恨みし、手を貸すように求めて強力な妖精の青年が追いかけてくる。……のだが、彼の特殊能力は相手をエロい気分にさせるという大変くだらないもの。能力をくらう度、マックは服を脱いでしまい、一般大衆たちの目に晒された際に痴女扱いを受ける羽目になる*1。確かに社会生命へのダメージという点では大変有効な攻撃だがしかし。綺麗な布が夜道に落ちていると思ったら無意識に脱いだパンツだったというくだりは、どう考えても笑うところだろう。
 しかし妖怪を追跡しては殲滅、その合間にヒロインが脱衣サービスしたり、敵によって(性的な意味で)危機に陥るという物語は果たして日本のロマンスファンに受け入れられるのだろうか。むしろ男性向けのライトノベルやら伝奇系レーベルのほうがまだ望みがあった気がする。『うしおととら』とO.R.メリングを合体させて、成人向けにするとたぶんこんな感じ。

*1:口笛を吹かれたり、「しっ、見ちゃいけません」という扱いを受けるヒロインって。