ジャック・ルーボー『麗しのオルタンス』創元推理文庫(2009)

麗しのオルタンス (創元推理文庫)

麗しのオルタンス (創元推理文庫)

 謎の連続窃盗+落書事件。美女、裕福な家の出のお嬢様、哲学科の女子大生と欠けるところないヒロイン・オルタンスの初恋と失恋。猫の貴種流離譚およびロマンス。その他諸々が絡みそうで全然絡んでなかったり、絡んでいたり。そんな本。

 ようやく読んだ。作者はクノー、ペレックデュシャンカルヴィーノらが参加していた、かの実験文学集団《ウリポ》の一員。しかし身構えることなかれ、本書はユーモラスな群像劇として読める。ただニヤニヤとオルタンスや、割と出た瞬間に正体がバレバレの〈一応ネタバレ〉泥棒皇子〈/ネタバレ〉、なんだか貴いらしいネコ、近所の皆さん等等のパリ暮らしを眺めるだけでもいいではないか。奇妙な助平つながりでは巻末に広告のあるアンドルー・クルーミーのほか、デイヴィッド・マドセンあたりとも比べられるかも。ロレンス・スターンや浅暮三文ともリンクしそうである。誇張され、戯画化されたキャラクターには池上永一をも思い出す。と、自分の乏しい読書体験から無理やりつながりを導くくらいか、紹介するすべも思いつかないような本なのだ。
 「結局なんなの? アンチミステリなの?」としびれを切らす人には「コミックノヴェルです」と答えたい。一口に言えば、愉快な語りで読者をクスクスさせる小説のこと(→http://en.wikipedia.org/wiki/Comic_novel
 正直に言って、私はさっぱり理解できていない。秘宝館の中をジェットコースターで通過させられたような、狐につままれたような気分だ。さて続刊はいつ出ることやら。


 トリビア1:パリに、この本にちなんだカフェ・ワインバー兼ギャラリー兼本屋La Belle Hortenseがあるそうだ。文学以外に精神分析、詩、哲学系の書籍にも強いとか。
 トリビア2:ルーボーは詩人でもある。ルイス・キャロルの「スナーク狩り」の仏語訳を手がけてもいるし、解説で述べられているように古い日本詩に詳しい。文化系ウェブマガジンらしきもので、ルーボーの山手線全駅レビューが掲載されている。各駅で見つけた妙なもの、そして紀貫之やら藤原定家をはじめとした古の歌人への言及、詠んでみた詩などがぎっしり註として詰まっている(→これ) この日本旅行Tokyo infra-ordinaireは2003年に薄い本として出版されたらしい。
 トリビア3:しかし、ルーボーの情熱は古代詩と山手線に留まらなかった! どうやら2005年に先述の旅行記の加筆新版が出たらしい。その一部と思われる文章がこちらTOTOに関するエッセイである。大変色鮮やか。日本における初遭遇の思い出から、TOTO社への潜入まで。そしてカタログを片手に、ウォシュレットの色や機能についてルーボーは事細かに解説し倒す。フランス語がわからない私ですら、軽く目を通すだけで吹くことが可能なほどの情熱に満ちた、充実の内容だ。それにしても、文字が目に痛いほど鮮やか。