山尾悠子『歪み真珠』(国書刊行会)

 (メモ:後で消すかも)

 15篇がひっそりと収まっている掌篇集。うち、既にどこかで発表されたものは4篇、残りが初出である。
 読み終えて、ハギレの束という印象を受けた。これは決して貶し文句ではない。
 娼館であるとか、足であるとか、本書の端々で読者はこれまでに出会った物語の名残りを目にする。『ラピスラズリ』関連作、影盗みの話、「遠近法」に出てくる《腸詰宇宙》の話、季刊『幻想文学』に掲載されていた夜の宮殿の話。まさか再び目にするとは思わなかったあれやこれや。以前からのファンならば面影にはっとするものがそこかしこで覗く。いずれも掌篇サイズだが、もちろん目を凝らせばしばしば緻密さに驚かされる。
 小さくとも厚みがあり、手がこんでいるし、陳列はきわめておごそかだから、束といわず「布の標本集」といったほうがいいかもしれない。あらゆる時代と場所から集められた、色とりどりの布きれ。中には、つい同じ素材で作られた「大風呂敷」も見てみたいと思ってしまうものもある。

歪み真珠

歪み真珠

 さて、下に特に好きなものを並べてみる。

 悲しくいとおしい、蛙たちの物語ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠」
 台座つきの美の女神が空を飛んでいる――タイトル通りの奇妙な目撃譚「美神の通過」
 「娼婦たち、人魚でいっぱいの海」ある島を巡る様々な逸話が開陳される。ぐっとこないわけがない。
 向日性の人間たちが住む町「向日性について」
 抑制具合がたまらない。品良く隠された部分に想像力がいや増す紫禁城後宮で、ひとりの女が」

 山尾悠子は幻想的な作風だけれども、作中世界観に筋が通っている。きちんとした理に沿って世界の中のすべてが動いている印象を受ける。「紫禁城〜」終盤での変身は特に極まっている。あらかじめ必要なだけの説明が与えられているから、この展開が腑に落ちるのだ。時たま「本格ミステリ」や「ハードSF」ではフェア/アンフェアという言葉が持ち出されるが、彼女の書くものはこの上なくフェアなファンタジイだ。隙がなく、密度が高く、鉱物的。精密に動く時計の中身を見た時のように、素人でも反射的に「すごさ」と「強さ」が判る。これを待っていた。


 ところで先述のように、この本は過去の作品とつながりがある。これを初めて読む著作にするのも、それはそれで贅沢で素敵だが、いずれにせよ『山尾悠子作品集成』とセットで読むことを推奨したい。
 追補:あいかわらず造本も最高である。