Todd Robinson編 “hardcore hardboiled” (Kensington Press)

 「コンテンポラリー・ネオノワール・サスペンス・フィクション」アンソロジーだという本書は、ウェブマガジンThuglitから編者トッド・ロビンスンが選り抜いた25篇が掲載されたもの。収録された作家は若手を中心として、無名の新人から邦訳もある中堅作家まで様々である。なお、作品はすべて2008年に発表されたもの。
 痛快な序文は≪ベスト・アメリカン・ミステリ≫等のアンソロジストとして、また『ミステリマガジン』に翻訳が掲載されている新作評の書き手として、日本でもおなじみのオットー・ペンズラーの手によるもの。
 以下、印象に残った作品のみ紹介する。ネタバレあり、注意。

  • “Brant Bites Back” by Ken Bruen

 邦訳を全て読む程度には気に入っているケン・ブルーウン。作品に活かしているのかは不明だが、さりげなく形而上学の博士号保持者である。11/1に新潮から出る新刊ももちろん楽しみ*1
 残念ながら、この小品はイマイチだ。警官のロバーツとブラントが、女性ばかりを狙う連続強盗殺人者を追う話で、吸血鬼が(どうやら少なからず)存在する世界観が、早い段階で明かされる。が、その設定が話の内容に格別結びついているわけでもなく、コミカルさもバイオレンスさも中途半端で物足りない。登場人物たちが酒を呑んではグタグダするところはいつものブルーウン。

  • “The Long Count” by Sam Edwards

 「長いカウント」なる題は、やはりチャンドラーのアレに掛けているのだろうか。
 体の故障や才能の欠如から、はやばやと零落するボクサーは少なくない。ラスティもその1人だ。三十路に入ってまもなくカタギの定職を得ようとするものの、悲しいかな、彼には真っ当に働く才能がなかった。以来、彼は泥棒稼業を続けている。そんな彼のもとにある日、テキサス訛りのあるカウボーイ装束の男が訪れる。彼はラスティへ銃を突きつけ「三日やる。その間に俺から盗んだ例のブツを返す準備をしろ」と告げた。しかし、ラスティにはさっぱり心当たりがない。返すべきブツとは? 答えを探して彼は街をさまよい、情報を収集するが……。
 ラスティの開き直った諦念が全体を覆っている小説。おかげで妙にマイペースな、コメディめいたタッチになっている。まともに働けないから、人様から盗むのもまあ仕方ない。相棒とは一蓮托生だから、事態を解決するために隠し財産を勝手に使いこむのも仕方ない。ラスティは万事に対してそんな調子。<オチのネタバレ>結局、ラスティはブツがなにかを突き止められず、カウボーイ氏には時限爆弾をプレゼントする。身に覚えがないのだから、問題の根源ごと吹き飛ばして解決という荒業に出るのもまあ仕方ないわけである。</ネタバレ> ゆるーい雰囲気が好み。この作者、まだ殆ど作品がないらしい。今後の活躍に期待したい。

  • “Juanita” by Tim Wohlforth

 もう若くもなく、アル中気味の太った女ファニータ。目覚めれば情人が派手に血を流して死んでいた。ようやくクズ男とおさらばできると喜んだ彼女は、知人の保安官に見つかる前にと男を地中深くへ埋める。
 炎天下の砂漠でひたすら穴を掘りながら、死人への怨嗟を心中つぶやき続けるファニータの姿が強烈。まあ、一クズ去ってまた一クズ現るのだが、今度は彼女もそう長く我慢する必要もない。なぜなら、ファニータは自分独りでも男1人を片付けられると知ってしまったのだから。
 近年、コンスタントにアンソロジーへの寄稿を続ける著者の安定感ある1作。

  • “Jack Jaw and the Arab's Ape” by Ryan Oakley

 闘獣興行に携わる男ジャックが、大枚をはたいてアラブ人から新たに仕入れたのは、凶悪無比なサル*2だった。しかしサルは強すぎて連戦連勝、これでは賭けに障りがある。ジャックはたまにサルを負けさせるために、ある姦計を実行に移すが。
 スプラッタまがいの過剰なバイオレンスシーン(すべてサルの手による凶行)が笑える。話がきちんとオチているところも、個人的に好感が持てた。作者オークリーはトロント在住。どうやら著書なし。本人いわくウルトラ・バイオレンスとダメSFの書き手らしい。グーグル先生のおかげでカナダSFのレビューなんぞは見つかったが、肝心の本人のビブリオグラフィはさっぱり見当たらない。どうやら《イルミナティ》三部作が好きらしい。公式ブログを見れば、意外にも(?)クラシカルなファッションに身を包んだ、知的な眼鏡紳士といった風体である。こんな紳士がこんな小説を書いていると思うと、読んでいるほうもなんだか興奮してくる。

  • “A Sleep Not Unlike Death” by Sean Chercover

 過去に囚われた帰還兵の物語。〈墓堀りピース〉はTVのニュースで、かつて自分の上官だった男ウォルターを含む5人の兵士の戦死を知る。兵士だった頃のアイデンティティを捨て、感情も捨てた〈墓堀りピース〉になる前、彼は兵士マークとして戦場にいた。
 かつて敵に捕まり、拷問を受けたウォルターとマークは、自分たちで開放される1人を決めろと選択を迫られる。ウォルターは、足の傷が化膿し、放置すれば切断の必要もあるだろうマークを先に帰してくれた。そんな恩人は、偶然にもピースの勤める墓地で、葬式もとり行なわれずにただひっそりと埋葬された。
 ある日、高校を卒業したばかりのバイトの墓守たちが、ウォルターの棺の上で遊んでいるのを目撃したピースは、彼らをクビにする。ところが、逆恨みした若者たちは夜中に戻ってきて、さらにウォルターの墓を汚す。復活した感情――激しい怒りは、マークに再び銃をとらせるのだった。

 著者Chercoverは新人。デビュー作Big City, Bad Blood でシェイマス賞ほか、いくつかの雑誌の読者賞を獲得した。この作品でアンソニー賞やバリー賞、アーサー・エリス賞でも最優秀新人候補にもなっている。第二長篇Trigger CityJanuary Magazineの「昨年の良作リスト」に入り、2009年度のDilys賞*3を見事射止める。Dily賞は権威や伝統ある賞でこそないが、同年、他に候補に挙がっていたのはクリストファー・ファウラー、トム・ロブ・スミスドン・ウィンズロウ等のそうそうたる顔ぶれである。
さらにChercoverは“One Serving of Bad Luck”にてクリス・シムズやローレンス・ブロックを蹴散らし、本年度CWAのショートストーリー・ダガーを受賞。また、先週17日の発表によれば、本作によってアンソニー賞の短篇部門を制した。また本作は、本年度のエドガー賞とマカヴィティ賞においても最終候補に残っていた。アンソニー・マカヴィティ両賞では、なんと本作と長篇Trigger Cityのダブル・ノミネートまで達成している。

 という輝かしい戦歴を聞くとつい期待してしまうが、私にはここまで評価される理由はわからない。本作の主人公はどうやら長篇においては敵役で、壊れたサイコとして登場するらしい。この短篇は彼の「覚醒」を描いた番外篇なのだ。長篇での人気が短篇の評価にも繋がったのだろうか? これ単品で読むのは正直お勧めできない。読みやすく、物語に引きこまれはするが、突出するものは感じられなかった。

  • “Burning Ring of Fire” by Hana K. Lee

 数少ない女性作家の作品。ケンカしてばかりだった恋人が殺され、警察にはジャンキーの事故死として扱われた女性が、彼を殺した関係者を探し出して私刑に処すという復讐譚だ。地獄へのノンストップ・ドライブというノリと、一人称で語られる死んだ男への愛がよく利いた良作。このアンソロジーからポンと1作邦訳するならば候補に推したい。ターゲットをゴス系が集まるクラブで釣るため、ピンヒールにコルセットのゴシック女王様装備で乗りこみ、標的の口に自分のパンツを突っこんで拷問にかけるというB級っぽさが素敵。

  • “McHenry's Gift” by Mike MacLean

 コロンビア系ギャングの親玉エステバン・ゴメスは、他の悪党からアガリを奪っていた。彼に姉の安全を盾にとられた主人公ディロンは、一見、悪党より大学の先生のような風貌の老紳士マケンリーに、上納金の値上がりを通告する役目を追う。マケンリーは売人の若者たちを束ねていた。ディロンは彼に憧れと父性を覚えるが、彼がゴメスへの上納を拒んだ以上、ヒットマンとして働かざるを得なかった。ところがマケンリーが死んでしばらくしてからディロンの家へ彼の名が書かれた小包が届く。マケンリーの贈り物とは果たして?
 <ネタバレ>実に意地悪な話である。いい話だなと思っていたら</ネタバレ>最後にどんでん返しがピシャリと効いている。

  • “Kill Posse” by Victor Gischler

 『拳銃猿』のヴィクター・ギシュラーが贈るガン・アクション。複数の視点が入れ替わる方式。戦争帰りの女警備員、モニカ・チェイスは人気ロックバンドのヴォーカル、ビリー・ケイジの護衛をしていた。ビリーはファンの女性らに手を出しており、チェイスはそのうちの1人に暴力を振るったビリーを殴りつけ、少女マリアを助け出す。マリアは実はメキシコのマフィア、カルロス・アルヴァレスのひ孫であった。マリアの父である孫息子は、アルヴァレスに復讐のため殺し屋を送り出す許可を求める。かくして3人の男(名前は全員フアン)が国境を越え、ライヴ会場に向かってくる。
 これもまたB級映画を凝縮したような一作。小説としての読みどころは、モニカとカルロスの2人の老いと喪失感にある。が、短篇1本で使い捨てるには惜しいほど、カルロスのキャラクターが立っており、ついついそちらに引きつけられてしまう。老翁カルロスは2度撃たれ、4度刺され、左目はえぐられて無く、指も2本ない。

 こういう手でゲームキューブマリオカートをプレイするのは困難ではあったが、彼はうまくこなしていた。81歳にしてはうますぎるほどに。(p.128)

 「ゴルフゲームが欲しい。タイガー・ウッズとやるやつ」
 「ゲームキューブじゃできないよ。X-Boxがないと」
 「クソッ」老人は舌打ちした。「お前、今度街に出た時に買って来い」
 ミゲルは咳払いをする。
 「じいちゃん、あの――」(p.129)

 そしてなぜかゲーマー。孫やひ孫を呼び、ときどき邸宅でスターウォーズ上映会も開いちゃう。そんなもんだから、暗殺計画の失敗とカルロス自身の遠からぬ死を予言する幻は、なぜかオビ=ワン・ケノービのような姿をとって現れる。この珍妙な設定のおかげで、作品にパルプっぽい深みが増したような増していないような。まあ、手堅いB級ぶりがなんとも頼もしい作家である。
 ところで、Amazonが執拗にGo-Go Girls of the Apocalypseを勧めてくるのだが、私はどうすればいいんだろう。

Go-Go Girls of the Apocalypse

Go-Go Girls of the Apocalypse

  • “The Replacement” by Duane Swierczynski

 『メアリー=ケイト』や『解雇手当』でもって、本邦でもバカミス・ボンクラSF・突き抜けたホラーの求道者たちのハートを射止めた(?)ドゥエイン・スウィアジンスキーの短篇である。
 本篇は「目には目を、歯には歯を」という思想と、遺族の精神的回復のために殺人犯は被害者に成り代わって暮らさなくてはいけないと法で定められたアメリカを舞台にしている。昔のSFをしのばせるアイディアストーリーと思いきや、物語は厭な話にもいい話にもならず、予想外の方向へ突き進んでいく。しかもなんだか、さわやかにまとまってしまうのである。この作家、やっぱり変態だ。邦人作家で言えば、曽根圭介をベースに飴村行のエッセンスで味をととのえたような悪趣味さ。いやあ、すばらしい。

 飲酒運転で美人女子大生アマンダ・パタースンを轢き殺した主人公(20代後半・男)は償いのため、「代理アマンダ」として遺族宅で暮らし始めた。男はクローゼットから発掘した秘密の日記と、ホームビデオで予習復習を積み、仕草や喋り方をコピーしていく。家族や彼氏を喪失から回復させるために、男が美人女子大生を再現しようとする、この馬鹿馬鹿しさ。
 他にもブラックな笑いは随所に仕込まれている。例えば、このプログラムをプロデュースし、定期的に主人公を監察に来るエイミス=ボウという男(職業:弁護士・哲学者・バラエティ番組の司会)がキャラクターがいる。彼は強盗に遭って殺され、途中からは強盗のオッサンが成り代わった「代理エイミス=ボウ」が主人公の元へ通ってくるのだ!
 著者はこのような無茶苦茶をひとしきり見せた末、アマンダの弟がブチ切れ、かりそめの家庭に崩壊をもたらす結末をもってくる。主人公が純真を通り越してマゾヒスティックに見えるのは、明らかに狙って書いているだろう。今後ともスウィアジンスキーからは目が離せない。あ、何がハードボイルドなのかは突っこんだら負け。

 ほか、“The All-Night Dentist” by Victor Kovarは、別れた妻に全ての収入を搾り取られている歯医者の新たな門出の話。夜の住人専用の終夜営業歯科医院として稼ぎ始めた彼。そのクライアントの1部は、食事のために牙をメンテナンスしてくれる腕のいい歯医者を求める吸血鬼たちだった――。ごく短いが、スマートにまとめられた佳品だった。語り手の、己の卑小さを述懐するところが苦くていい。

Hardcore Hardboiled

Hardcore Hardboiled

*1:新潮ではブルーエン表記。

*2:正確に言えばボノボ

*3:ミステリ専門書店連盟が表彰する賞。