本年度出た新刊ミステリで特に欲しいもの

 すでに読んだ方が私を止めたり、背中を押したりしてくれることを期待。
 まず、何はなくともPaul Tremblayの“The Little Sleep”だろう。いま一番ほしい。

The Little Sleep

The Little Sleep

 著者ポール・トレンブレイは、これまでウィアード・テールズChizineといったホラー、およびダーク系幻想小説ジャンルの雑誌で活動してきた。SF・FT作家志望者の腕試しスポットになりそうだったChizineは、ダークな味わいの短篇小説をあまた送り出してきたウェブマガジンであり、昨年までは年に1度、短篇小説コンテストを催していた。近年は最終選考委員にケリー・リンクニール・ゲイマン、マイケル・マーシャル・スミスなど豪華な顔ぶれを招いていたが、残念なことに不況のためか今年からコンテストは休止となってしまった。
 トレンブレイはこのChizineコンテストで、2002年と2008年にみごと第1席に輝いている*1。該当作品は“The Blog at the End of the World”という、ウェブ公開の利点を活かし、別ドメインにてブログ形式で綴られる小説だった*2。結果が出た当時に読んたが、これはあまりピンとこなかった。

 この本以前にもトレンブレイの単著はあったが、いずれも200ページに満たない中篇である。出版元Prime Booksも世界幻想文学大賞ブラム・ストーカー賞において出版物を高く評価されているものの、幻想小説に特化した小出版社であって書籍が広く流通するタイプの版元ではない。そんな著者のメジャーデビューがこの本。

 主人公はサウスボストンの私立探偵マーク。彼は自動車事故に遭ってガラスに突っこんで以来、ナルコレプシーと幻覚に悩まされ続けていた。幻覚の中で若い女性ジェニファーから依頼を受け、写真を預かったマークは、現実でも彼女にまつわる事件に巻きこまれることに……。ハードボイルドにシュールで不安なタッチを加えた本書は、ブラム・ストーカー賞最終候補の新鋭の処女長篇である。

 プログレかサイケのCDジャケットみたいな表紙もいい。シリーズ化がすでに決定しており、第二巻は来年刊行予定。Amazon.comによれば、この本を買った人はジョシュ・バゼル、デュウェイン・スウィアジンスキー、ジェデダイア・ベリー(→当家9/6の記事参照)などを買っているそう。期待!
 それからquadrillepadさんも紹介してらした“Stone's Fall”。英国の歴史ミステリ作家、Iain Pearsが春に上梓した600ページ超えの大作。

Stone's Fall: A Novel

Stone's Fall: A Novel

 20世紀初頭、資本家ジョン・ストーンがロンドンの邸宅で窓から墜落死した。未亡人エリザベスはマシュー・ブラドックという駆け出しの記者を雇い、夫ストーンの隠し子について調査させる。遺言によれば、ストーンは未亡人がついぞ知らされることもなかった「娘」へ遺産を遺していたのだ。第二部では1880年のパリを舞台に、別の登場人物の視点から見た当時の若きストーン夫妻が描かれる。そして第三部では、ストーン自身の視点から1867年のヴェニス追想される。

 過去へ遡及していく物語の流れと共に、ストーンにまつわる謎が明らかにされていくらしい。古典ミステリ風の重厚な作品であり、19世紀末の経済・金融の仕組みが常に小説の中核を占めるという特色も併せもっているとか。リーダビリティが高いと喧伝してはいるが、しかしこの厚さは……。

 流行りものも読みたい。ということで上半期、トップクラスに売れていた新人デビュー作がこちら、Carol McCleary“Alchemy of Murder”。紀伊国屋の洋書セールの時に買おうと思ったら、前日にはあった本が消失していた。開店からまだ30分経っていなかったのに。あれは悔しかった。こちらも歴史ミステリではあるが、うってかわってアドベンチャー度の高い本のようである。あれだけ売れたんだから、すでに日本の出版社が版権もってるに1ペリカ賭けとく。

The Alchemy of Murder

The Alchemy of Murder

 時は1880年代。主人公はアメリカ発の女性事件記者ネリー・ブライ(実在の人物)。そこらの男よりよっぽどタフで元気な彼女が連続殺人事件、さらには世界すべてを揺るがす陰謀を追って、ヴィクトリア時代のニューヨーク、ロンドン、パリを股にかけての大冒険行に乗り出した! その地、その時々で彼女のお供をつとめるのはオスカー・ワイルドジュール・ヴェルヌ、そしてパスツール。当時最新の科学捜査を駆使し、彼女たちは真実に迫っていく。

 この設定に燃えずに何に燃えようか。
 
 広義のSF・ファンタジーを発掘してくれる小出版Small Beer Pressから、初めて登場したジャンル:ミステリの本ということで気になるのがVincent McCaffreyの“Hound”だ。実際に30年以上に渡ってアメリカで古本屋を営み、片手間にライター・エディターをしてきた著者の長篇小説デビュー作にあたる。

Hound: a novel

Hound: a novel

 古本屋ヘンリー・サリバンは本狩人(bookhound)。故人の遺産や図書館の廃棄本からセドリする日々を送っていた。しかし古い知り合いが持ちこんだ夫の遺品の本が、ヘンリーに素人探偵を務めさせる事態へ巻きこんでいき……。

 アクション物と対極に位置する地味なタイプの作品のようだ。作者は芝刈り、皿洗いなどの肉体労働を経て、ボストンで古本屋を開業し、実店舗を閉めた今もネット古書店を経営中であるという。

*1:ちなみに2008年の最終審査を務めたのはピーター・ストラウブ。

*2:現在はリンク切れ