ジェイムズ・F・デイヴィッド『時限捜査』(上・下)創元推理文庫(2009)

 致命的なネタバレも多いので、気にする人はスキップしていただきたい。

時限捜査上 (創元推理文庫)

時限捜査上 (創元推理文庫)

 かつて事故で幼い愛娘を失い、妻と別れ酒に溺れていた刑事カイル・ソマーズ。彼は、幼児を殺しては近くに玩具を残す連続殺人鬼〈クレイドル・ラバー〉の捜査に携わることになった。ほどなくしてカイルは殺人鬼の行く先々に現れ、凶行を防ごうと試みる〈青い肌の男〉の存在に気づき、彼を追うが……。

 という粗筋でまさかタイムトラベルSFでもあるとは誰も思うまいて。
 一言でいえば、事故で足を失った大食らいの巨乳美女(大学での専攻は物理学、現在はSF・FT作家)という個性的なヒロインをお供にしたカイルの、執念の追跡行と再生の物語である。サイコキラー側の視点もしばしば挟まれ、次から次へと衝撃的な展開が舞いこんでくるので、上下巻というボリュームでも飽きさせない。殺人鬼+謎の予言者の存在で前半はモダンホラーめいた雰囲気もあり、ぐいぐいと引きこまれていく。
 ハードボイルド小説は「喪失」をテーマとして抱える。1960年代以降、ただひたすらに強くあるヒーローは減り、むしろ人間の弱さのほうに作家たちの関心が向けられるようになった。その傾向が強まったゆえに、ハードボイルドにおいてはキャラクターの個性付け(外見から民族的背景、性的嗜好まで)が重要になっていった。ミステリに対する批判としてしばしば「人間が書けていない。登場人物が物語を構成するためのただの駒だ」という意見があったが、英語圏のハードボイルドは人間を、もしくは社会を書くミステリとしての進化を選んだのである。いまや推理小説と分岐し、ハードボイルドはPlots with GunsThuglitのような、ジャンルに特化したウェブ同人誌をいくつも抱える状況だ。
 さて、本書の焦点は「子供を喪失する」ことにある。カイル、殺人鬼、〈青い肌の男〉は3人とも我が子を亡くした父親だ。違いといえばカイルは自責ゆえ酒に逃げ、殺人鬼は苦しみを経験する前の幸せな幼年期で人生を終わらせてやるべきという考えに走り、そして〈青い肌の男〉は巻き戻せないはずの時間を超え、喪失自体をなかったことにしようと目論む。3人は自分のエゴを捨てることができない。家族を思うがゆえの自己中心的なふるまいは、多くの読者にとって理解できる感情だろう。ここが本書の読みどころである。昨年、崩壊後の未来を描いたコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』が話題になった例のごとく、家族愛は普遍的に強いテーマである。
 ヒロインは喪失を乗り越えるための自己との戦いにおいては「古参兵」だ。しかし彼女もこの先もずっと喪失と向き合うことを余儀なくさせられる。作者は、主人公が最初は彼女と寝ることができない逸話を書くことで、喪失が安易に埋まるものではないことを示す。主人公と彼女は共に過去を克服するいわば戦友であり、戦いを通じて結びつき、かつては持ち得なかった強さを得る。彼らの強さは、一度ふさがって固くなった傷口のようなもの。時間を巻き戻し、リセットすれば手に入れることができない種の強さである。

 このように心理面に傾倒したところから『時限捜査』が近年のハードボイルドらしい1作と言えよう。多少のご都合主義や、時間改変による影響を書きかけて放置している部分はヒューマニズム至上主義の副産物かもしれない。舞城王太郎ディスコ探偵水曜日』しかり、主人公たちに時間を改変することへの罪悪感や危機感がほとんどないのは最近のトレンドか。したがって好みは分かれるだろうが、アメリカお得意の父と子を題材とした物語が読みたい人にはぜひトライしてもらいたい。