英国SF協会賞候補 短篇部門その1

 まず3篇読む。完全にネタバレのため、注意。候補作全リストやネットで読めるものへのリンクはこちら

  • キム・レイキン=スミス“Johnnie and Emmie-Lou Get Married”

 敵対する走り屋チームに属しながら愛し合ったジョニーとエミー・ルウが、愛の成就のために文字通り障害を乗り越え、教会めざして大レース。『ウエスト・サイド物語』を引き合いに出して語っているレビューが多い。レースものだけに文章がポップで疾走感があったら良かったのだが、難しい言葉や英語以外の言葉が頻出するため、非ネイティヴには読みづらい。こういう文体でこんなストレートな話を読まされても……という気持ちになった。

 イタリアのシュルレアリスト、クアリアと組み、イアン・ワトスン(67)が近年あちこちの媒体に寄稿したbelovedシリーズのうち1篇。内容の過激さから書籍としてまとめて出してくれる出版社探しに難航したようで、結局イギリスの作家イアン・ウエイツの運営する小出版社Newcon Pressから発売された。おそらく刷部数も相当に少なく、発売からまもなくしてほとんどのネット書店で在庫切れを起こした。以下、長いので解説は下記に。
 このシリーズは各篇に直接の関連性はなく、1.性愛がテーマで、2.外国文化を取り入れたものが多いという特徴のみが共通する。たとえば、日本篇はこんな話。

 (昨年春のレビューを改稿の上で再掲)
 弊ブログの年齢制限レベルを引き上げないために、タイトルは各々掲載されたサイト(http://clarkesworldmagazine.com/watson_11_06/)で確認していただきたい。初出時2006年。まさかモービー・ディックにちなんでこんなひどい題を思いつくとは。舞台は日本で「銀座の恋の物語」の昭和ムード、『オルガスマシン』における挑戦的性描写、『ヨナ・キット』の鯨要素(?) が合体したようなワトスン度特濃の内容となっている。主人公は超高級食材である「鯨の某部分」を食することを夢見るユキオ。彼はAV女優をモデルにしたダッチワイフの製造を手がける会社に勤めていた。ある日、休暇で白浜に出かけたユキオは、海女のコスプレをした美しいゲイシャ、ケイコと出会う。彼は彼女を利用して一儲けし、鯨の某部分を食える身分になることを目論むが……。

 さて、問題の候補作は「人生最高の時」というタイトルである。時を超えた純愛。ある意味で『源氏物語』というか『マイ・フェア・レディ』というか。
 主人公はジョナサン18歳。特徴:まじめ、童貞。友人たちが次々と彼女を作る中、彼は生涯でただ一人の女性だけを愛すと心に決め、ついぞ「火遊び」に及ぶことはなかった。そしてついに、唯一の愛を捧げるにふさわしい女としてジョナサンが選んだのは、彼に物理の個人指導をしてくれているエレナ(推定65〜70歳)だった! 次第に親密になる二人。そして大晦日、ジョナサンは初めて彼女の家に招かれ、高まるムードの中で結ばれて最高の一夜を過ごす。
 翌朝、ジョナサンは寝台の上で冷たくなった最愛の人を発見する。エレナは激しい運動に耐えられる年ではなかったのだ……。 

 (おばあちゃんの腹上死から始まる物語! ワトスン先生は衰えを知らないようだ)
 愛するエレナの喪失を埋めるため、物理学研究に打ちこんだジョナサンは、31歳の時にヴァーチャル・タイムマシンを開発する。自分の所在を不確定状態におき、出発点と目的地の差を消すことによって過去*1に移動するという、いわば己がシュレディンガーの猫となって無理やり時空を超えるよ航法である。出発点と到達点の差が限りなく小さい場所――それはマクドナルドの支店であった。いつでも、どの支店でも差異が少ないマクドナルドを利用し、ジョナサンは時をかける。たとえ自分のことを知らないエレナであろうと、もう1度めぐりあい、1から出会い直して共に生きるために。

 ところが首尾よく平行世界の「過去のマクドナルド」へ移行し、40代のエレナと遭遇するものの、彼女はなぜかジョナサンのことを認識した。本来ありえないエレナの反応に当惑しながらも、ひとまず再会に歓喜するジョナサン。しかしマックのトイレの前で手を取り合う二人を、スーパーサイズな客が引き裂いて通っていく。そしてエレナは消失した。不確定世界は微妙な確率の下で成り立っており、店内のスーパーサイズな人間は、その巨大な質量でもって量子を擾乱してしまう。結果、観測結果が変わり、エレナがいない世界に変化してしまったのだ。
 ジョナサンは再び世界を移動し、また異なる世界のマクドナルドでエレナを待ち続ける。そこで出会ったのは20代前半の彼女。だが世界移動の代償なのか、ジョナサンは急速に老けていた。しかし、またもやジョナサンを認識したエレナは逆に、彼が「若い」というのだった。ここでも「乱れ」によりジョナサンはエレナを失う。
 そうして、ついにジョナサンはティーンのエレナがいる世界へ遡行する。時をさかのぼるにつれてスーパーサイズ人口は減る。ようやくデブによる観測妨害が起こらない安定期に達したとき、ジョナサンは老人と化していた。17歳のエレナは、祖父母のゴルフ友達だというジョナサンに不思議と惹かれるものを感じ、親しくなる。そしてある夜、愛を交わす……。

 もちろん、結果としてエレナは翌朝こときれたジョナサンを発見する。彼女はジョナサンを忘れられないまま年を重ね、ある日近所のマクドナルドで少年ジョナサンを見つける。つまり物語は「タマゴが先か、ニワトリが先か」構造であって、ループ状態に陥っている。二人は共に記憶を持っている間は触れ合えず、至上の幸福を感じる時=自分が死ぬ時となる。それでも愛を求めて、彼らは何度でもループするのだ。実に切ないラヴ・ストーリーである。バッドテイストと泣ける純愛が入り混じって、よくわからないけどなんとなく感動的な仕上がりに。あら不思議。
 ちなみに訴訟防止策なのか、McDonaldじゃなくてスペルがすべてMacDonaldになっている。おまけにマックナゲット、マックフルーリーの例に準じて、店内のさまざまなものに地の文でMacがつけられている。MacToilet, MacWater, MacSheet, MacTeenPedophile(!?)といった具合。強引なSF理論の数々には、日本人SFファンがなぜか愛してやまないバリントン・J・ベイリーを思い出させられる。中村融氏や大森望氏のアンソロジーに手を出したそこのあなた、このロマンティック・タイムトラベルSFもご一緒にいかがですか?

*1:ただし平行世界であって、本物の過去ではない